監督デビューから約10年、映画界を颯爽と駆け抜けるグザヴィエ・ドランの歩み
現在31歳ながら手掛けた作品が次々とカンヌ国際映画祭などに出品され、映画ファンの熱い期待を集めるグザヴィエ・ドラン監督。圧倒的なカリスマ性と才能を誇る彼の最新作『マティアス&マキシム』が現在公開中、『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』のBlu-ray&DVDも発売中ということで、監督デビューから約10年、映画界を颯爽と駆け抜けたその歩みを振り返ってみたい。
デビュー作が世界中で評価され、カンヌ国際映画祭の常連に
1989年にカナダのケベック州モントリオールに生まれ、俳優である父のもと、幼少期より子役として映画やテレビ番組に出演してきたドラン。その監督デビュー作となったのが、2009年に弱冠19歳で手がけ、主演も務めた『マイ・マザー』で、第62回カンヌ国際映画祭の監督週間で上映されることに。彼の半自叙伝とも言える作品で、17歳の少年の母親への鬱屈した感情を鋭い感性で表現し、世界中がその才能に夢中になった。
以後、ゲイの青年とその親友の女性、2人が恋する青年による奇妙な三角関係を描いた『胸騒ぎの恋人』(10)、女性になりたいと願う男性と彼の交際女性の絆や苦悩を映しだした『わたしはロランス』(12)が、立て続けにカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品。後者は第37回トロント国際映画祭で最優秀カナダ映画賞を受賞している。さらに、主人公が亡くなった恋人の故郷を訪れたことを発端に、日常が静かに狂っていくサイコサスペンス『トム・アット・ザ・ファーム』(13)も第70回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門で上映され、国際映画批評家連盟賞を獲得した。
独自の演出が光る『Mommy/マミー』を経て、英語作品にも挑戦
ドランの名声をさらに押し上げたと言えるのが、第67回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールの候補にもなった『Mommy/マミー』(14)。未亡人の女性と彼女のADHDを抱えた息子との愛情や葛藤を、向かいに暮らす女性を交えて描き、最高賞は逃したものの審査員賞を受賞した。本作は一般的な画面アスペクト比である1.85:1や2.35:1ではなく、1:1の正方形で上映されているが、登場人物の感情があふれだす様子をOasisの「Wonderwall」をバックに、スクリーンの画角が広がる形で表現した演出は秀逸だった。
その後、ナタリー・バイにヴァンサン・カッセル、マリオン・コティヤール、レア・セドゥ、ギャスパー・ウリエルといったフランスの名優たちをそろえた『たかが世界の終わり』(16)が、第69回カンヌ国際映画祭にてグランプリとエキュメニカル審査員賞を受賞したほか、第89回アカデミー賞の外国語映画賞(現、国際長編映画賞)にもカナダ代表として出品。そして、ハリウッドで活躍するキット・ハリトンやナタリー・ポートマンらを迎えた『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(19)では初の英語作品に挑戦している。
俳優として『IT/イット』にも出演
監督だけでなく俳優としても活動するドラン。上記の監督作のほか、精神病院を舞台に入院患者の青年と院長が緊迫した心理戦を繰り広げる『エレファント・ソング』(14)、ジョエル・エドガートンが監督を務めた同性愛の矯正施設の闇を描く『ある少年の告白』(18)にも出演。さらに、スティーヴン・キング原作の青春ホラーの続編『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』(19)では、冒頭のゲイのカップル役で登場し、ペニーワイズに胸部を食いちぎられて惨殺されてしまう姿がショッキングだった。
痛いまでの純愛に向き合った『マティアス&マキシム』
監督、俳優として活躍し続けるドランが新たに送りだした『マティアス&マキシム』。デビュー作から一貫して、“母と子”をテーマに作品を手がけてきた彼が、痛いまでの純愛にまっすぐに向き合った。
物語の中心となるのは、30歳のマティアス(ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス)とマキシム(ドラン)の幼なじみ。いつも一緒にいる仲間たちとのパーティの最中、友人の妹の願いで彼女の映画に出演することになり、なんとキスシーンを演じることに。このキスをきっかけに、彼らはこれまで秘めていた想いに気づくのだが、マティアスには婚約者がおり、マキシムもオーストリアへの旅が控えていた。友情が壊れるのを恐れ戸惑うふたりは、ついに抑えることのできない本当の気持ちを確かめようとする。
日本でも話題となった『君の名前で僕を呼んで』(17)を観て、「しばらく動けないほど感動した」と語るドランは、その思いを本作のストーリーに込めたという。主人公ふたりの関係について彼は、「マティアスとマキシムは、5歳のころからの親友であり兄弟のような関係。でも、ある時その強い絆に歪みが生じようとしていて、その原因こそが映画のテーマであり、作品に緊迫感を与えているんだ」と説明する。
続けて、「彼らは互いに(性的な)魅力は感じていなかったものの、相手を愛しているかもしれないという感情に襲われ、戸惑うんだ。突然現れた“愛”はいったいどこにあったんだ、なぜ姿を見せなかったんだと困惑する」とも語っており、本作が普遍的なラブストーリーであり、マティアスとマキシムが自身のアイデンティティと向き合っていく作品でもあると理解できる。
鬼才グザヴィエ・ドランらしい感情に訴えかける愛の物語が展開される『マティアス&マキシム』。劇中に登場する友人たちは、実生活でもドランの友人ということで、彼らの仲睦まじい姿に思わず笑みがこぼれてしまう。この10年で築かれた唯一無二の世界観を、過去作と共に感じてほしい。
文/平尾嘉浩(トライワークス)