黒沢清、『CURE』『蛇の道』『蜘蛛の瞳』を語る!

インタビュー

黒沢清、『CURE』『蛇の道』『蜘蛛の瞳』を語る!

「『CURE』は海外でたびたび上映され、だんだんと僕の代表作になっていった」

――前々から『CURE』に関しては、『羊たちの沈黙』の影響を公言されていますけど、具体的には?

黒沢「多大に影響を受けた部分は、猟奇殺人鬼のレクターが最初から収監されているシチュエーションです。犯人を捕まえるまでのサスペンスではなく、捕まった後からがいよいよ怖くなる、という構造が斬新で、そこから発想して犯人を取り調べしているシーンをイヤ〜な感じに怖くできないものかと、色々と思案していくうちに『CURE』へ辿り着いたんです」

――役所さん扮する刑事を翻弄しまくる“殺人伝道師”には、萩原聖人さんをキャスティング。お二人とも監督とは初顔合わせでした。

黒沢「初期プロットでは、萩原さんに演じてもらった役のほうがずっと歳上だったんですね。レクターのキャラを引きずっていて、そうするとどうしても『羊たち~』と印象が近くなってしまう。それで逆に若くしようかというアイデアが出て、萩原さんの名前が挙がってきたんです。役所さんもダメ元でオファーをしたら受けていただけて、お二人とも引く手あまたの人気者なのに、よくぞこんなおぞましい映画に出演してくださいました(笑)」

――全編、イヤ〜な緊張感が持続する長回し撮影を多用されていますが、お馴染み、黒沢作品のトレードマークですね。

黒沢「効率がいいのでオリジナルビデオでもよく採用していましたが、『CURE』はなかでも、ワンカットがめちゃめちゃ長いです。やはりこういうジャンル映画での緊迫したシーンは、次に何が起こるのか予想がつかぬまま緊張感が高まっていくと、観客はじーっとスクリーンを凝視してくれるのでは…と、そんな実験のもとに試みていました。意外にうまくいったので、以後、いろいろな作品でも長回しをやるようになりました」

――で、また、音設計も凝られていて。

黒沢「音響に関しては、これも『羊たち〜』を分析したんです。どんな音をどのように入れているのか、録音の方(=郡弘道)と。一聴すると静寂なんですが、よく聞くと実に不思議な音、しかも生っぽい音ですね、誰かがごそごそっと動いていたり、遠くで人が叫んでいるようなノイズが入っていて、それらを応用させてもらいました」

初期プロットは『伝道師』というタイトルだった
初期プロットは『伝道師』というタイトルだった[c] KADOKAWA 1997

――思えば、この『CURE』から、黒沢作品に特有の“不穏な夫婦像”が浮き彫りになってきたような気がするのですが。

黒沢「そうですね。刑事の妻、中川安奈さんが演じてくださったあの妻の設定を入れるかどうかは相当悩んだんですよ。例えば『羊たち〜』の主人公クラリスには恋人なんかいない。そもそも、FBI捜査官のプライベートは一切無視です。だから恐いシーンが連続する。それがこういうジャンルの基本ですよね。でも『CURE』はあえてその基本を外してみた。とは言え、刑事と妻との日常が映っても、本線の事件の緊張感が削がれないよう工夫しなくてはならない。で、そうしたら予想以上に裏側の夫婦の関係も怖くなりまして。これは役所さんの資質のおかげでもあるんですけど、家に帰ると妻思いの優しい夫、外に出ればコワモテの刑事という二面性が何の矛盾もなく共存していて、主人公のプライベート描写を入れたことにより、『羊たちの沈黙』から離れられた部分もあります」

――『CURE』は、奥山和由プロデューサーが立ち上げた新たな興行体制、シネマジャパネスクの1本として公開されました。

黒沢「1997年というのはあの“神戸連続児童殺傷事件”が起こった年で、ポスターにしろ、映画の売り方にしろ、猟奇殺人モノであることを伏せざるを得なかったんです。それにまだ、Jホラーブームにも火が付いていない。だから、刑事ドラマとして宣伝するしかなかった。よく覚えているのはどこかのニュース番組の特集で、『シネマジャパネスクは観客が入らない』とやっていて、劇場の前にレポーターが立っている後ろで、ちょうど『CURE』が上映されていた。最悪のタイミングだって思いました(笑)。まあ確かに、興行的には失敗したんですが、海外でたびたび上映され、だんだんと僕の代表作になっていった。どうも未だこれを超えていないんじゃないかという声もありますし、『CURE』のおかげでその後の僕のキャリアがあるのは間違いありません」

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