坂元裕二、野木亜紀子が信頼を寄せる土井裕泰の 『花束みたいな恋をした』は、なぜ“テレビ的”ではないのか?【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
21世紀の日本映画を語る上で欠かせないのは、テレビ局との強い関わりです。慣習的に、日本の映画ジャーナリズムはいわゆるテレビ局映画の存在を軽んじる傾向がありますが、その際にまず混同してはいけないのは、「テレビドラマの映画化作品」と「テレビ局が製作・出資した作品」の違い(例えば、是枝裕和監督の作品の多くは後者に当てはまります)。また、テレビ局映画の中にはそのテレビ局に在籍している演出家が監督を務める作品がありますが、それらを十把一絡げに「テレビ的な映画」と見くびっていると、時々驚かされるような作品に出会うことがあります。
土井裕泰の演出に初めて驚かされたのは、いまからもう四半世紀近く前の、豊川悦司と夏川結衣が主演を務めた野沢尚脚本作品「青い鳥」(97)の映画的と言うしかないようなリリカルで端正な演出でした。その後も、同じTBS作品の「魔女の条件」(99)、「美しい人」(99)、「ストロベリー・オンザ・ショートケーキ」(01)、「マンハッタンラブストーリー」(03)と思い入れのある作品を挙げていけばきりがありませんが、スクリーンで最初に興奮を覚えたのは2015年の『映画 ビリギャル』。有村架純にとっての出世作にもなった同作は、特に90年代後半の作品に顕著だった映画的な土井演出とも異なる、テレビ的であることに対して臆することがないリズミカルな演出と構成が印象に残る作品で、この演出家が一筋縄ではいかないテクニックの持ち主であることを再認識させられました。
そんな土井裕泰にとって、新作『花束みたいな恋をした』は、テレビドラマ「カルテット」以来となる坂元裕二脚本作品。既に話題騒然で、興行的にも大ヒットスタートをきった同作が語られる際には、坂元裕二、あるいは主演の菅田将暉と有村架純の名前が挙げられることの方が多いかもしれませんが、もちろん、本作が優れた“映画”として仕上がっているのは土井監督の功績です。
実のところ、『花束みたいな恋をした』はテレビ局が製作幹事に入っているという意味での「テレビ局映画」ではありません。現役のテレビ局社員が、その外に半歩踏み出して撮った、テレビドラマ界きっての人気脚本家の書き下ろし作品。そんな前例のない作品の座組も、映画監督としての土井裕泰のユニークな立ち位置を象徴していると言っていいでしょう。
宇野維正(以下、宇野)「2020年は『罪の声』、2021年は『花束みたいな恋をした』と、このところ監督作の公開が続いているわけですが、そもそも土井監督はTBSに勤める会社員という理解でいいんですよね?」
土井裕泰監督(以下、土井)「はい、そうです」
宇野「テレビ局の社員で、映画監督でもある。『そもそも、そのポジションってどういうものなんだろう?』って思ってる人も少なくないんじゃないかと思うんです。なので、まずはプロフィール的なところから訊いていきたいのですが」
土井「大学に5年行った後、1988年にTBSに入社して。最初は美術部というところに配属になって、制作現場の美術周りの仕事見習いをしてました。『ザ・ベストテン』とか、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』とかのセットを用意したり、そのセットチェンジの段取りをしたり。歴史ある番組ばかりだったので、邪魔にならないように立っているのが精一杯でしたけどね」
宇野「『ザ・ベストテン』は生番組ですしね」
土井「そうです。子どもの頃からずっと見てきた『ザ・ベストテン』の現場に自分は立っているんだ、とか思いながら美術部で1年過ごして、2年目の1989年からドラマ部に来て。そこからはずっと、もう30年以上になります」
宇野「ドラマ部には希望されて?」
土井「はい、最初からドラマ志望ではあったんですけど、テレビ局は会社ですから、自分の希望通りにはいかないこともあるわけです。そういう意味では運が良かったですね。そこから30数年。正直、組織人としてはかなり偏ったキャリアを歩んできたと思います。もう、まるでつぶしが利かない(苦笑)」
宇野「年齢的には、もう部長とかになっていてもおかしくないですもんね。こうしてずっと現場の最前線にい続けられているのは、会社の理解があってのこと?」
土井「もちろん、それは大きいと思います。会社員としては、ドラマの演出ってかなり特殊な仕事なんですよ。若い頃から一緒にやってきた技術や美術の社員スタッフは、40代に入ると現場ではなくお金や人材のマネジメントがメインになっていって。仕事が変わっていないのは自分だけみたいなことになってます。まあ、体力的にキツい仕事だというのも若い頃から変わらないわけですが、それでもとても幸せなことだと思っています」
宇野「ただ、この記事を読んでいる人で、映画監督を目指してもなかなか食えなさそうだし、テレビ局の給料をもらいながら演出とかして、あわよくば監督デビューとかできちゃったりしたら、そんなにおいしい仕事ないじゃないかって思う、昔、TBSの新入社員試験を受けて箸にも棒にもかからなかった自分のように浅はかなことを考える若い人もいると思うんですよ。一方で、これからのテレビ界においてそんな幸せなキャリアなんてあり得るのか?という気がしないでもないというか」
土井「(笑)。映画を志すなら、安定した生ぬるい人生みたいなものは捨てなきゃいけない、みたいなところはありますよね」
宇野「実際、専業監督でちゃんと食えてる人なんて日本では一握りですしね」
土井「でも、それを言うなら僕が就職をした時期でさえ、もう映画会社はほとんど人を採ってなかった。それに、仮に映画会社に入ったって、映画の部署に配属されるとは限らない。むしろ、それ以外の事業で成り立ってる会社が多いじゃないですか」
宇野「スタジオシステムが崩れた時点で、もうそうなってましたよね」
土井「そう。だから、映画にこだわらず映像作品ということであれば、自分の時代でも、テレビ局に入ったほうが現場に入れる可能性が高かったのは明らかでした」
宇野「今回の『花束みたいな恋をした』がこれまでの土井監督作品と違うのは、製作にTBSが入ってないことですよね。子会社のTBSスパークルは製作委員会として入ってはいますが、いわゆるテレビ局映画というわけではない」
土井「そうですね。TBSの社員なので、原則的には個人で監督の仕事を受けられる立場ではないんです。だから、いままで携わらせてもらった映画は基本的にはTBS製作の映画で、僕はあくまでも会社の仕事として関わるというスタンスでした。でも今回はリトルモアの孫(家邦)さんと坂元さんから直接お話をいただいて、ちょっと、断る理由が僕のなかで見つからなかったんですね。正直言うと、会社を辞めてでもこれはやるべき仕事だと思ったので。それで、ちょうどその頃、TBSスパークルというTBSグループ外の番組や劇場用映画も積極的に手掛けようとしている制作会社が立ち上がって、『こういう話があるんだけど、製作に入るスタイルってある?』って相談を持ちかけてみたところ、入ってもらうことができたんです。だから気分としては、今回は半分会社の仕事として、半分個人の仕事として、作品に携わっているという感じですね」
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