坂元裕二、野木亜紀子が信頼を寄せる土井裕泰の 『花束みたいな恋をした』は、なぜ“テレビ的”ではないのか?【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
宇野「テレビドラマの世界で1周して、映画を撮るようになってから『映画 ビリギャル』まででもう一周して、そこからいまが3周目だとしたら、その3周目はまだ回っている最中という感じですか?」
土井「そうですね。ここから先――あと数年で60歳になるわけですが――どうしましょうかね(笑)。テレビ局という大きな組織に所属しているからこそ出来ること、出来ないことがあるのは身に染みていますし、後に続く人たちになにか新しいかたちは示せないかと、いろいろ考えてはいます」
宇野「日本では長年、テレビ局映画は映画ジャーナリズムにおいては色眼鏡で見られてきました。実際、そう見られても仕方がないような作品も多かったのは事実だとも思います。ただ、NetflixやAmazonプライムやディズニープラスの台頭によって、世界的にはストリーミング・サービスが映画に侵食していくことによって、気がつけばその境界線はほとんどなくなっています。土井監督がテレビの世界に入られた30数年前には考えられなかったことだと思いますが、ちょっと不思議な感じがしませんか?」
土井「それは本当に不思議な感じがしますね。ただ、その前にあった現場の変化としては、映画はフィルム、テレビドラマはビデオ、とずっと言われてきたことがすっかり変わっていったことで。テレビドラマも映画も、ほぼ同じカメラになったことはすごく大きいと思っています」
宇野「なるほど、それがまず伏線としてあったっていうことですね。逆に、最近海外ではフィルムで撮ってるテレビシリーズも増えているんですよね」
土井「それは日本の地上波ではいまのところないですね。僕自身は、フィルムでしか出せない味というのを最後に現場で経験させてもらえて、それは本当に貴重だったと思ってますが、同じデジタルの機材で撮るようになったことで、逆に映画のスタッフが深夜の時間帯で普通にテレビドラマを撮るような動きも加速したんですよね。そういうシームレス化というのはいろんなところで進んでいて、その流れのなかにストリーミングサービスの台頭というのもあったととらえてます。テレビ局のいち社員としては、それは多くの課題が突きつけられている状況ではあるんですが、一人の作り手として考えた場合、いまとてもおもしろい時期だと思っているんです。テレビと映画の人材がこうして自由に行き来するようになったのは、昔よりも健全な状態のような気がするし。深田晃司監督が『本気のしるし』をテレビドラマとして作って、それが劇場版として公開されて、みたいなことも起こってますしね」
宇野「黒沢清監督の『スパイの妻』も最初はNHKの8Kドラマでした」
土井「そうですね。同時に、いままではテレビドラマや映画に関われること、演出をできることはとても特別なことだったけれど、その間口がものすごく広がっている。スタッフの数がそこまで増えていないのに、コンテンツだけが増えているのは問題ではあるんですが」
宇野「作品が多すぎる問題というのは自分もよく考えるんですけど、スタッフの数というのはどういうことですか?」
土井「この仕事を目指す若い人の絶対数が増えていない上に、働き方改革でテレビドラマではスタッフが倍必要になってきたんです。一つの作品に助監督が10人とかいますから。でも、若い人にチャンスが増えているのはいいことだと思いますよ」
宇野「ただ、同じテレビ出身の監督でも、どこかで世代の断層があるような気がするんです。テレビ局の社員である監督として、自分はフジテレビの西谷弘さんの作品にいつも驚かされるんですけど、あの方は近作(『マチネの終わりに』)をフィルムで撮られたりしてますからね」
土井「西谷さんは、確か二つか三つ上ですが、僕以上に映画に対する思い入れや、映像に対するこだわりが強いのかもしれませんね。ただ、デジタルネイティブの世代の作り手がこれからどういう作品を作っていくかってことも、自分はすごく興味があるんですけどね」
宇野「最後に、テレビドラマの現状に関しての質問です。『半沢直樹』でもいいし、『MIU404』でもいいんですが、特に最近のTBSのヒットドラマって、あまりにも一つの作品に人気演出家や人気脚本家や人気俳優が集中しすぎていて、自分もそういうドラマはつい見ちゃうんですけど、それがテレビドラマ界全体の豊かさや、新しい才能の発掘にはつながってないんじゃないかって気がするんですよ。なんというか、“失敗できない”という息苦しさばかり感じてしまうというか。土井さんもまさにその当事者なので、ご本人に訊くことではないかもしれませんが(笑)」
土井「(笑)。そういう疑問は、自分も少なからずありますよ。若いプロデューサーと話していると、わりとみんな『坂元さんと仕事したいです』とか『野木さんと仕事したいです』とか言うんですけど、本当は次の坂元裕二や野木亜紀子を見つけていくのが彼らの仕事のはずなんです。連続ドラマって、時代と共にあるものですから。僕は30代前半から多くの場を与えてもらって、かなり好き勝手にやんちゃなことをやらせてもらっていたなって思うんですけど、いまは最初から失敗しないような『規格品』を作ることを求められているようなところがあって、そこはある種の閉塞感につながっているのかな、とは思います」
宇野「結局攻めてるものを作っている人たちが40代や50代の脚本家で、その後があまり続いてないような」
土井「そうかもしれませんね。自分は90年代から2000年代の前半で、岡田(惠和)さん、北川悦吏子さん、野島伸司さん、野沢尚さん、井上由美子さんをはじめ、本当にたくさんの才能ある脚本家の方と仕事させてもらって。そこから、2000年代に入って宮藤官九郎さんが出てきて、2010年代には古沢良太さんや野木さんが頭角を表してきたわけですが、その後の世代交代というのは、きっとこれからの課題なんでしょうね。まあ、僕もあと何本作品をやれるのかわかりませんが、その都度、自分をアップデートしていかなきゃいけないっていつも思ってます。そういう意味で、50代になってから坂元さんと『カルテット』で組めたことは、自分のキャリアの中でものすごく大きなことで。あそこで一度完全に初期化して、アップデートが出来た感覚があるんですよ」
宇野「それは今回の『花束みたいな恋をした』でもすごく感じました。登場人物が若いというだけじゃなくて、ちゃんと映画としても若い映画になってるなって」
土井「よかった(笑)。自分でも思うんですけど、これだけ長くやっているので、作品をある程度きれいにまとめることは出来てしまうんです。でも、それを一回壊して、もうちょっと衝動みたいなもので作品を作ってしまえないかなと。それが演出家としてのこれからの野望ですね(笑)」
取材・文/宇野維正
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