名優・役所広司「西川美和監督は“昔気質の監督”」と語る。緻密に作り上げられた『すばらしき世界』撮影秘話
『Shall we ダンス?』(96) に続き、『うなぎ』(97)、『孤狼の血』(18)で3度目の日本アカデミー賞最優秀主演男優賞に輝いた名優、役所広司に、最新主演映画『すばらしき世界』(2月11日公開)について単独インタビューを敢行。本作を手掛けたのは、『ディア・ドクター』(09)や『永い言い訳』(16)などの実力派、西川美和監督だ。数多くの名匠と組んできた役所が、「いい意味で、ちょっと昭和の映画監督たちの匂いがします」と言う西川監督との撮影秘話を語ってくれた。
監督デビュー作『蛇イチゴ』(03)以来、自身のオリジナル脚本にこだわってきた西川監督。本作は、実在の人物をモデルにした佐木隆三の小説「身分帳」を原案にしつつ、舞台を約35年後の現代にスライドさせ、綿密な取材をして脚本に落とし込んでいる。役所が演じるのは、13年ぶりに刑務所から出所し、人生をやり直そうとする主人公、三上正夫役で、三上にすり寄るテレビマン役を仲野太賀と長澤まさみが演じた。
役所は三上について「今度こそはかたぎとなり、社会復帰しようと思っているけれど、彼自身、人間的な欠陥がたくさんある人」と捉えてアプローチしていったが、西川監督の演出を受け、軌道修正した部分もあったそうだ。
「最初のころは、三上がもっと世の中をなめているような男だと捉えていたんですが、西川監督から『もう少し真摯な態度でいきましょう』という演出を受けました。そこを少し変更してからは、スムーズに演じていけた感じがします」。
役所は、三上という役柄の詳細について、西川監督に尋ねることはなく、台本を読み込んで役にアプローチしたそうだが、その理由について「台本が監督の答え、あるいはヒントだと思っているので、どの監督にもそういうことは聞かないです」と言う。
「それは『僕の役は、どんな男ですか?』なんて聞いたら、『それはお前の仕事だろ』と言われるような監督と仕事をしてきたからかもしれません(苦笑)。また、それを聞いたところで、監督が理想とするものを自分が演じられるかどうかも分からないですし。だから最初は、自分が考えたものを監督に見てもらうところから始まります。監督から言われてそれを修正していくのが、俳優の仕事だとも思っているので」。
「役作りのために訪れた旭川刑務所では、いろいろと考えてしまいました」
役所はクランクイン前、役作りのために、西川監督と一緒に三上が服役していた旭川刑務所を見学に訪れた。
「きっと我々には見せられなかったところもあると思いますが、綺麗で快適そうな刑務所でした。おそらく受刑者の人たちは、『客人のほうは見るな』と言われていたと思いますし、僕たちも見ないようにはしていたんですが、やはり作業しているところは見てしまいますね。なかには僕と同じぐらいか、もしくは年上の人もいました。旭川刑務所は殺人罪など、重罪の人が多いので、『このおじさんも人を殺しているのかな。何年もシャバに出られていないのかな』など、いろいろと考えてしまいました」。
そこで旭川刑務所の再犯率が5割だと聞いて驚いたという役所。「旭川刑務所を出て、最初に入ったコンビニで万引きをして、すぐに戻ってくる受刑者もいるらしいです。それほど、彼らを社会で受け入れてくれる人は少ないのかなと感じました」と、三上の境遇を重ね合わせたという。
役所はその時、過去に弁護士役を演じた周防正行監督作『それでもボクはやってない』(06)のリサーチで訪れた、裁判の傍聴席を思い出したそうだ。
「その時に裁判にかけられていた人が、65歳くらいのおじさんで。窃盗での再犯でしたが、検事から『あなたはまた刑務所に戻りたいから、監視カメラのいっぱいあるところでまた盗みをやったんじゃないんですか?』と問い詰められていました。その時、その人は泣いていたんです…」とやりきれない表情も見せる。