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名優・役所広司「西川美和監督は“昔気質の監督”」と語る。緻密に作り上げられた『すばらしき世界』撮影秘話

インタビュー

名優・役所広司「西川美和監督は“昔気質の監督”」と語る。緻密に作り上げられた『すばらしき世界』撮影秘話

「西川さんの撮り方は、昭和な感じ。妥協しないところは、是枝さんと同じです」

やがて三上の人となりに惹かれていく津乃田
やがて三上の人となりに惹かれていく津乃田[c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

三上は、曲がったことが大嫌いで、困っている人を見過ごせない優しさと絶対的な正義感を持つ男だが、一度キレたら手がつけられないという怒りへの沸点の低さと粗暴さも併せ持つ。そんな三上にカメラを向けるのが、仲野太賀演じるテレビマンの津乃田だ。初めは元殺人犯でもある彼との距離感を測りかねていたが、やがて彼の誠実な人柄に惹かれていく。

銭湯で津乃田が、三上を思いやり、彼の背中を流すシーンが実に味わい深い。
「原案小説で佐木さんが取材を重ねた人物を書いたように、三上に、『あなたが生きた証をちゃんと書くよ』というような意味合いを持つシーンになっています。すごくいいシーンになりましたし、身に染みますね」。

役者としての仲野については「太賀くんは、いま、仕事がおもしろくてしょうがないという感じでした。彼は映画が大好きだし、すごくおもしろいし、これからが楽しみですよね」と笑顔を見せる。

それは、若いころの自分と重ねて見ているのではないかと尋ねると「いやいや、僕はあそこまで真面目じゃなかったです。あれくらい若い時代に、彼のようにもっと真面目に取り組んでいたら、僕はもっといい役者になっていたんじゃないかな」と苦笑する。

西川監督にユーモアのセンスを感じたという役所広司
西川監督にユーモアのセンスを感じたという役所広司撮影/黒羽政士

西川監督については、撮影前に監督の書いたエッセイを読んでいたそうだが「観察力がすごい人。作家としても、脚本家としても、映画監督としても、あの目でずいぶんいろんなことを観察している」という印象を持ったが、そこにユーモアのセンスも読み取ったようだ。
「本作にはけっこう何か所か笑えるところがあるんです。エッセイを読んでいても、役者やスタッフをすごく観察していて、ちょっと意地悪な目線もあります(笑)。だから、今後コメディをやると、 いろんなアイデアが出てきそう」。

さらに、欲しいカットには妥協を許さない西川監督について「昔気質の監督」と表現する。
「いまは、フィルムからデジタルに移行しましたが、西川さんの撮り方は、昭和な感じがします。やっぱり是枝(裕和)さんのところで勉強してきた方だから、必要なカットに時間をかけて、じっくりと撮っていく。そういう粘り強さがあります」。

役所広司を演出する西川美和監督
役所広司を演出する西川美和監督[c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

それは、三上がこみ上げる感情に任せてラーメンをぶちまけるシーンの撮影でも実感した。
「いざやってみると、ラーメンが飛ぶ方向がなかなか上手くいかなくて。現場はほとんどがワンシーンワンカットでしたが、あのシーンでは、ぶちまけたあとで撮り直しとなると、スタッフが掃除をしてからやることになるので、すごく時間がかかります。思うカットが撮れなかったのか、『もう1回!』となって、何度か繰り返しました」。

役所によると、そんな西川監督の粘りは、『三度目の殺人』(17)での是枝組を彷彿とさせたとか。
「現場を修復するスタッフの大変さは監督もわかっていますが、しっくりこなかったんでしょうね。きっと、ここでOKを出して、後から後悔するのが嫌だったんだろうなと思います。是枝さんの現場でもそういうことがありましたが、絶対に妥協しないってところは同じでした」。

その結果、本作はすばらしいクオリティの人間ドラマに仕上がり、すでに海外の映画祭でも高い評価を受けている。第56回シカゴ国際映画祭では観客賞と最優秀演技賞(役所広司)の2冠に輝いた。
役所は「いえいえ、映画に力がないと個人賞はいただけないものですから」と恐縮したあと、「そのあとで観客賞も獲れたことが、ものすごくうれしかったです。やっぱりいろんな映画祭の賞があるなかでも、一番映画として価値がある賞だと思うので、本当にうれしかったですね」と目尻を下げて喜びを語る。

西川組の魅力を語った役所広司
西川組の魅力を語った役所広司撮影/黒羽政士

三上を通して、社会からドロップアウトした者の生きづらさや葛藤が描かれることで、それを取り巻く社会の不寛容さも浮き彫りにされていく本作。それに裏打ちされるように、人間の善意も問われていく点が、この作品に光を与えている。役所は映画のタイトル『すばらしき世界』からなにを受け取ったのだろうか。

「実は、タイトルは途中で変わったんです。最初は台本に原案と同じく『身分帳』とありましたが、監督がいろんな人の意見を聞きつつ、撮影したものを編集していた時に、候補にあった『すばらしき世界』に決めたそうです。僕もすごくいいタイトルだと思いました」と、しみじみ語った役所の穏やかな笑顔が、多くのものを物語っている気がした。

取材・文/山崎伸子

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