『翔んで埼玉』脚本家・徳永友一初のオリジナル小説!第4回「プロデューサーの要求」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

コラム

『翔んで埼玉』脚本家・徳永友一初のオリジナル小説!第4回「プロデューサーの要求」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

翔んで埼玉』『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』(ともに19)の脚本家・徳永友一が初めて手掛けるオリジナル小説として、「DVD&動画配信でーた WEB」特別連載。脚本家を目指す中年男・吉野純一、若手脚本家として闘う男・宮間竜介、2人を巧みに操る男・滝口康平、3人の男のリアリティドラマが始まる。「いちばん使えない奴」という滝口プロデューサーの依頼で吉野を紹介することに決めた宮間。紹介だけで終わると思っていたが、滝口の新たな要求が、宮間をさらに苦しめていく…。

深夜2時に鳴った携帯電話
深夜2時に鳴った携帯電話イラスト/浅妻健司

第4回「プロデューサーの要求 宮間編」

 中目黒駅から歩いて15分のところにあるワンルームマンション。そこが自宅兼仕事場だ。家に着くと休む間もなく再び執筆に入る。〆切は明日の午前中がいいとこだろう。何せ、明日の午後13時には滝口プロデューサーに、あのおっさんを紹介するという面倒な予定が入っている。紹介後は、そのまま今抱えている連ドラの打ち合わせになるとみて間違いない。あー、今夜もまた徹夜か……。

 時刻は午前2時過ぎ。静まり返った部屋にキーボードを叩く音だけが響いている。
 その時、携帯が鳴った。ディスプレイには滝口プロデューサーの名前が表示されている。ため息を一つ吐く。またいつものやつか、と。

「もしもし?お疲れ様です」

「どう?書いてる?」

「あ、はい。書いてます」

 深夜2時に電話かけて来て、当然のように書いてる?と聞いて来るこの神経は本当に人としてどうかしていると思う。だが、やはりこれにも慣れた。問題はこの後の会話だ。

「あのさ、ちょっと思いついちゃったんだよね」

 来た……。いつものこれ。怒りを抑えてなるべく平静を装い応える。

「あ、はい。何でしょう?」

「主人公の友達もう一人増やそうかと思ってさ。20代の女」

「あ、いや、でも前の打ち合わせではヒロイン以外は男で固めた方がいいって……」

 なるべく反論に聞こえないよう声のトーンを気にしながらそう告げる。

「って思ったんだけど、ヒロインと近づくには女友達のアドバイスとかあった方がいいと思うわけ。友達が無理なら、妹設定でもいいし」

「妹……。いやでも、主人公は天涯孤独って設定ですし」

「だから!それ変えてもいいって言ってんだよっ。わかんねえ奴だな。誰がデビューさせてやったと思ってんだよ」

「はい、すみません……」

「てことで、女キャスト追加したバージョンでよろしくな」

 そう言うと一方的に電話が切れる。
 クッソ!携帯をベッドに放り投げる。これでまた書き直しだ。どうして若手の女キャストを急遽入れろと言ったのか、そのカラクリは簡単にわかった。今、電話の向こう側は明らかに騒がしく男女の笑い声が聞こえて来た。どうせ、どこかの芸能事務所のお偉いさんにキャバクラにでも連れて行かれたのだろう。そこで、次の連ドラに若手の女優を入れる約束をしたに違いない。つくづく、馬鹿げた仕事だと思う。いや、脚本家という仕事が悪いのではない。問題はどのプロデューサーと組むかなのだ。一刻も早く、作品作りに真摯に向き合っているプロデューサーと出会い、まともな作品作りをしたい。そのためにも、もっともっと売れるしかない。自分と仕事がしたいと願うプロデューサーを一人でも多く増やすこと、それが出来なければ滝口プロデューサーの下請け業者として、いつまでもこき使われるだけだ。
 僕は気を取り直してパソコンに向かう。書くことでしかこの状況を打破出来ないのなら、書いて書いて書きまくるしかない。例え、書記レベルの仕事だとしても。

 翌日。恵比寿の喫茶店にいた。原稿は何とか書き上げ、ここに到着する前に滝口プロデューサーにメールで送っていた。とにかく眠い……。何でこのおっさんの紹介に立ち会わなければいけないのか。隣では一人緊張している吉野さんがいる。

「吉野さん、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」

 一応、声をかけてやった。ガチガチに緊張されて失態を犯されれば紹介した僕の責任になりかねない。そこへ、滝口プロデューサーがやって来ると、挨拶もそこそこに企画の話をし始めた。

「リアリティドラマ……?」

 吉野さんが訝しげにそう口にした。その姿を見て、何を期待してここに座っていたのか問いかけたくなった。まさか、いきなり連続ドラマの脚本を書かせてもらえるとでも思っていたのか?

「ええ。なので、打ち合わせの様子はもちろん、吉野さんが執筆する様子も全て動画配信させて頂きたいんです」

「え……」

 僕は隣で黙ってこの話を聞いていた。他人事ながら変な仕事に巻き込まれたなと。

「あ、はい、わかりました……。具体的にいつから執筆を?」

 吉野さんはそう口にはしたが、恐らく半分も理解出来ていないだろう。

「とりあえず、また連絡しますので」

 滝口プロデューサーがそう言うと、吉野さんは一礼して店を後にした。

「いい感じだな。あのダメさ加減。お前、いいキャスティングしたよ」

「はい……」

「ってことで、お前もこっちにまわってあのおっさんのサポートやってくれ」

「え?」

「実際問題、あいつじゃ書けないだろ。裏でお前が脚本書いてやれ」

「あ、いやでも、僕は10月の連ドラが」

「あー、それなら問題ない。他の脚本家に話振っといたから」

「えっ」

 それ以上言葉が出なかった。嘘だろ!?10月の連ドラをクビになり、あのおっさんのゴーストライターになれって言うのかよ!?

(つづく)

■徳永友一 プロフィール
1976年生まれ、神奈川県出身。TVドラマ「僕たちがやりました」(17)、「海月姫」(18)、「グッド・ドクター」(18)、「ルパンの娘」シリーズを手掛け、映画『翔んで埼玉』(19)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日公開)、映画版『ルパンの娘』(2021年公開)が待機中。

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