『翔んで埼玉』脚本家・徳永友一初のオリジナル小説!第5回「想定外の物語」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】
『翔んで埼玉』『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』(ともに19)の脚本家・徳永友一が初めて手掛けるオリジナル小説として、「DVD&動画配信でーた WEB」特別連載。脚本家を目指す中年男・吉野純一、若手脚本家として闘う男・宮間竜介、2人を巧みに操る男・滝口康平、3人の男のリアリティドラマが始まる。脚本家の宮間をこき使い続けるTV局プロデューサーの滝口康平。怖いもの知らずに見える彼も、会社という組織には逆らえない。上司の理不尽な頼みを受けるが、その裏では復讐心に燃えていた。
第5回「想定外の物語 滝口編」
目黒にあるシティホテル。浴室からはシャワーの音が聞こえている。その中、俺はベッドの上に座りタブレット機で動画配信を見ていた。今、にわかに話題となっている“リアリティドラマ”の配信だ。今夜は生配信とあってアクセス数が多いのか動画がいつもより重く感じる。それにしても、この企画は我ながら大成功している。
今のTV業界は各局視聴率に苦しんでいる。特にTVドラマは制作費をかける割に視聴率を取るのが難しく、それ故、少しでも視聴率が見込める医療物か刑事物ドラマが乱立しているのが現状だ。社会現象を起こすには、まずはSNSで火をつける必要がある。そこで俺が考えたのは、若者が食いつきやすい“リアリティ”番組だ。それとTVドラマを融合することを思いついた。ネット配信でドラマの制作過程を赤裸々に見せ、ブームアップした後に、完成したドラマをオンエアするというものだ。動画を視聴して来た人たちにとっては、制作過程からずっと見守って来たTVドラマを見るという“新しい体験”が生み出されることになる。
この“リアリティドラマ”は、いよいよ終盤に差し掛かっていた。俺は動画を見ながらほくそ笑む。生配信で男と男が激しい罵り合いをしていたからだ。ついこの間まで、ただのおっさんだった脚本家志望の男と、新進気鋭の若手脚本家が争っている。“リアリティドラマ”と言っても、まさに台本通りの展開だった。状況と場さえ作ってやれば、こっちの意のままに動かすことが出来る。所詮人間なんて単純な生き物だ。
だが、次の瞬間俺は固まった。 おっさんが宮間竜介をナイフで刺したのだ。
「おい……。何やってくれてんだよ……」
――半年前。
俺はTV局のドラマセンターにいた。相変わらずオフィスは閑散としている。社員であるプロデューサーも演出家も、必要がなければほとんど会社には来ない。どこで何をしているのか管理もされておらず、極端に言えば一年間何もせずとも毎月給料がもらえる不思議な業界だ。
とそこへ、上司の関川さんがやって来た。
「おう、滝口。もう来てたのか」
「はい」
「じゃあ、早速いいか」
俺が今日わざわざ会社に顔を見せたのは、企画担当部長である関川さんに呼ばれたからに他ならない。俺は頷くと関川さんに続いて第一会議室へ向かった。
「前々から相談していた次の10月クールなんだけどな、原作付きの医療ものでいくことになった。主演は三崎聡太だ」
開口一番にそう告げられた。内心また医療ものかと思った。しかも、原作と主演まで決められて降りて来るとは……。だが、その原作はベストセラーであり、主演もイケメン俳優として今上り調子の男だ。うまく作ればある程度の数字は見込める。やる価値のある仕事だと踏んだ。しかし、すぐにここで快く返答してはならない。一拍おいてから、渋々と返答するのだ。そうした“ポーズ”を見せておけば、もしもドラマがコケた時に、上から決められた企画をしかたなくやったという言い訳が出来る。俺が苦渋の顔で考える素振りを見せ始めたその時だった。
「でな、プロデューサーは深見でいく」
「えっ?」
寝耳に水だった。深見は俺の2つ下の後輩で、仕事が出来るなどの噂も全く聞いたことのない女だ。なぜ深見が?そう思った瞬間、ピンと来た。なるほど、あの噂は本当だったのか……。社内で関川さんと深見が不倫しているという話があったのだ。
「待って下さい。次の10月は俺でいくと言ってましたよね?」
渋々引き受けるというポーズは、もはや意味をなくした。ここは全力で仕事を奪い返しにいかなくては。
「悪いな。三崎聡太の事務所からのご指名なんだよ。深見でいきたいって」
それはお前の個人的な指名だろ。
「今更ないって言われても納得できません。すでに脚本家の宮間とも何やるかって、企画から作り始めてたんです。この後だって打ち合わせ入ってるんですよ」
「そう言われてもな。これはもう決まったことだから」
「事務所にそう言われたなら、深見じゃまだ無理だって拒否して下さいよ」
「簡単に言うなよ。向こうの社長さん怒らせたら面倒だろ」
三崎聡太の事務所は役者と芸人を抱える大手芸能事務所だ。所属芸人たちの中には、うちの局でバラエティ番組のMCを担当する者たちも少なくない。ひとたび揉めれば、社長が出て来て、“バラエティ番組から一斉に引き上げる”と言い出す。その一言で、ドラマ班は言うことを聞かざるを得なくなる。
TV局のゴールデン帯のタイムシフトを埋めているのは、バラエティだからだ。局内での力関係はバラエティ班の方が強い。それを知っていて、何も言い返せないようにと関川さんはこのセリフを吐いたのだ。どこまでも汚い男だ。本当はただ、自分の不倫相手を登板させたいだけのくせに……。
「その代わりと言っちゃあれだが、ネット配信ドラマの企画があってな。それお前やれ」
「ネット配信?」
全然興味が湧かない。自社制作のネット配信ドラマほど予算がないものはない。これじゃ都落ちもいいとこだ。ここまで来ると、単に不倫相手の深見を抜擢したかっただけでないことがわかる。この男は、俺のことが個人的に嫌いなのだ。だが、ここで全てを飲むことは出来ない。だったら俺にも考えがある。
「わかりました、それやりますよ。けど、一つ条件があります」
(つづく)
1976年生まれ、神奈川県出身。TVドラマ「僕たちがやりました」(17)、「海月姫」(18)、「グッド・ドクター」(18)、「ルパンの娘」シリーズを手掛け、映画『翔んで埼玉』(19)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日公開)、映画版『ルパンの娘』(2021年公開)が待機中。