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アンチエイジングの最先端!『Arc アーク』で描かれる「不老不死」実現の可能性は?

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アンチエイジングの最先端!『Arc アーク』で描かれる「不老不死」実現の可能性は?

「不老不死」は人類滅亡の入り口に…?

――厚生労働省のまとめによると、2019年時点の日本人の平均寿命は女性87.45歳、男性81.41歳となっています。将来、老化防止の薬が開発されれば、何歳くらいまで寿命を延ばすことができると考えられますか?

「先ほど少しお話したように、最大寿命を決める仕組みは、老化細胞の蓄積で決まっているものではないため、やはり人は120歳以上は生きられないと思います。ただし、歳を取ってからの機能低下や病気などが、老化細胞を取り除くことでよくなるとすれば、健康寿命と平均寿命の差をかぎりなくゼロに近づけることが可能になります。健康寿命とは、健康上のトラブルによって、日常生活が制限されずに暮らせる期間のことですが、いまは健康寿命と平均寿命の差が10年近くもあるわけですから」

不老化処置を希望しない老夫婦。その理由とは…?
不老化処置を希望しない老夫婦。その理由とは…?[c]2021映画『Arc』製作委員会

――それだけでも人類にとって、大きな意味のあることですよね。

「ほとんどのお年寄りは、“もし健康でいられるのなら”長く生きたいと考えているんですね。でも、多くの人は病気になって苦しい思いをしたり、不自由な思いをされたりしているので『私は長生きしたくない』と仰るのだと思うんですよ。健康のまま寿命を迎えることは、たぶん人間にとって一番幸せなことじゃないかと思います。そういう多くの人の願いに、なにか貢献できる研究をしていけたらいいなと思っています」

――老化防止の薬の実用化には、どれくらいの年月がかかると思われますか?

「このGLS1阻害剤という薬は、最初はガン細胞に効くのではないかということで注目されていたんです。その治療薬の治験が、実際にいまアメリカで、他に治療法のない末期のガン患者さんに対して、他の薬との併用という形で行われています。したがって、それを今度は老化防止に使っていくことができれば、比較的早く実用化できるかもしれません。さらに、この薬には強い副作用はないことがわかっているんです。なのでうまく使っていけば、筋力が低下したり、腎臓や肺の機能が悪くなったりしたお年寄りに投与できる日が来るのは、そう遠くないかもしれません」

不老化の実現を発表するリナと天音。こんな未来がすぐそばに来ているかもしれない
不老化の実現を発表するリナと天音。こんな未来がすぐそばに来ているかもしれない[c]2021映画『Arc』製作委員会

――映画では「不老不死を得た時、人の心はどう変わるのか?」といった問いを投げかけています。いつか、本当に老化防止が実現した時、どのような問題が起こる可能性があると思われますか?

「一番大きな問題としては、社会構造自体が変わってしまう可能性がありますよね。元気な80歳、90歳、100歳という人たちが増えれば、人口の比率が変わりますので。そういう人たちが働かずに、若い人たちにだけ頼ることは、まずい状況になります。やはり高齢者も働いて社会に貢献する、という社会にならざるを得ないと思います。その時、高齢者にどういう仕事があるのか。いろいろな仕事を考えて、高齢者が健康に働けるような社会を実現化していかなければと思います。働く場所がなくて、健康である…という状況が、逆につらいことになるかもしれませんから。それは本当に社会全体が真剣に向き合っていかなければならない問題ですね。

若い身体で生き続けるリナは、80歳を超えて子どもを持つ
若い身体で生き続けるリナは、80歳を超えて子どもを持つ[c]2021映画『Arc』製作委員会

また、いまの話は健康寿命が延びた場合ですけれど、この映画のように最大寿命を延ばせるようになると、子どもを産まなくなる社会になる可能性が高いんですね。いまは歳をとれば、いずれ寿命が来て死んでしまうので、自分の遺伝子を残したい、ということで子どもを作っていく考え方が少なからずあると思うんです。それが、自分が不老不死になった時、またいつでも子どもができるという状況になった時に、はたしてこれまでのように子どもを産んでいくのか。そうではないとすると、不老不死は逆に人間が滅亡していく、一つの入り口になる可能性がある。これもやはり社会的に大きな問題になりますので、こういうものが現実化していく前に、皆さんで考えていかなければいけない部分だろうと思いますね」

リナの師、エマ(寺島しのぶ)は、「生きることのなかに死がある」と不老化処置を否定
リナの師、エマ(寺島しのぶ)は、「生きることのなかに死がある」と不老化処置を否定[c]2021映画『Arc』製作委員会

――いま、映画のような世界になったとしたら、「不老化処置」は受けられますか?

「うーん、悩みますよね。今回の映画がすごくよくできているなと思ったことのもう一点は、劇中で不老化処置を受けたけれども、自分の遺伝子がなんらかの変異を持っていたために、むしろ老化が促進して、早く亡くなってしまうというケースが描かれていたことです。これはすごく重要なポイントで。期待された効果が出ない人、むしろ相反する結果が出る人というのが、必ずある一定数出てくる…医療とは、そういう危険性を常にはらんだものだと思うんですね。100%の人に効く医療というのはないんです」

人類の永遠のテーマを深く考えさせられる本作
人類の永遠のテーマを深く考えさせられる本作[c]2021映画『Arc』製作委員会

――不老化処置を受けないほうが、かえって長生きできたかもしれないという場合も…。

「ありますよね。逆に、体質的にごく一部の人だけに効いて、ほかのほとんどの人には効かない可能性だってあるわけです。今回の老化防止の治療でも、もしかしたらそういうことが起こるかもしれません。そういった、あらゆるケースを考えながら、できるだけ多くの人に効果が出る治療法を目指して、みんな一生懸命に研究を進めています」

――先生の研究チームの老化改善効果の発表は、まさに映画『Arc アーク』で描かれている世界と現実がつながっているようで、とても明るいニュースでした。

「実は発表してから、予想していた以上に多くの反響があったので、僕自身が驚いているんです。いまこういう時代だからこそ、みなさんが健康や寿命を延ばすということに、すごく興味を持っておられることがよくわかり、勉強になりました。今回、テーマ的にも非常におもしろい映画を見せていただいて、本当にありがとうございました」

取材・文/石塚圭子

■中西真
東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 教授。正常細胞に備わった発がん防御システムを解明し、革新的ながん予防・治療法の開発を目指す。とりわけ、発がんシグナルによる細胞老化誘導機構、老化細胞による発がんや加齢制御、エピゲノム異常による発がん誘導機構を中心に解析を進めている。

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