石井裕也作品にとって池松壮亮の存在とは?『ぼくたちの家族』から『アジアの天使』へと続くタッグを振り返る
共鳴し合う2人が撮るべくして撮った『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』
そして『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』になるわけだが、これは2人が共鳴し合い、撮るべくして撮った映画。注目の詩人、最果タヒの同名詩集をもとに、都会の片隅で生きる若い男と女(石橋静河)の閉塞感と孤独、恋愛を生々しく映しだした本作だが、石井監督がその主人公、慎二に池松を迷うことなくキャスティングしたのは、彼が自分と同じ東京で同じ時代を生き、少なからず同じような想いを抱えている最も信頼している俳優の一人だったからだろう。
つまりは共犯者であり、自分の分身。石井監督には初の商業映画の大作『バンクーバーの朝日』の後の原点回帰のような意識があったかもしれないが、池松は片目が見えない慎二のキャラクターから逆に「この世界をもっと見てやろう」という監督の想いをくみ取り、それを体現。そのひたむきな姿が、未来が不確かな東京で生きるということの真実と東京で生きる人たちのリアルな感情を伝え、同様の環境で生きる多くの同世代の心を揺さぶったのは記憶に新しい。
主人公が起こす“奇跡”に、池松が説得力を持たせた『町田くんの世界』
それだけに、石井監督が真逆のベクトルに振り切って、その次の『町田くんの世界』でいわゆる“キラキラ映画”に挑戦したのは意表を突く出来事だった。本作は第20回手塚治虫文化賞で新生賞を受賞した、安藤ゆきの同名コミックの実写化。周りの人を愛することはできるのに、“好き”という感情が分からない高校生の町田くん(細田佳央太)と“人間嫌い”のクラスメイト、猪原奈々(関水渚)のぎこちない恋愛模様を驚きの演出と作劇で描いたものだが、石井監督はこれまでとは違う未知のフィールドに足を踏み入れたこの作品でも、重要な役で池松を起用している。
池松が本作で演じた吉高洋平は週刊誌の記者。不倫などのスキャンダルやゴシップを追いかけ、それを記事にするうちに“世間は悪意に満ちている”という感覚を持ってしまった男だが、そんな彼が偶然出会った他人にやさしい町田くんによって心を浄化され、見ていた世界も少しだけ変わっていく。つまりは、誰からも愛される町田くんに説得力を持たせるキャラ。それこそ、この映画の終盤で町田くんはリアルとはかけ離れたある“奇跡”を起こすが、石井監督はその“奇跡”を少なくとも劇中では本当のことにするため、町田くんを信じる吉高を嘘のない芝居で体現できる池松に委ねたのだ。
キャリア最大の大博打に挑んだ石井監督にとっての支えとなった池松壮亮
そんな感じで、石井監督にとって池松壮亮はなくてはならない特別な存在。酒を飲んだり、自分が書いたシナリオに対する意見を聞いたり、国内外を一緒に旅をすることもあるようで、『アジアの天使』では池松は韓国のロケハンにも同行。韓国に単身で乗り込み、向こうのスタッフと映画を撮るというキャリア最大の大博打に挑んだ石井監督にとって、主演の池松が数少ない味方だったことは想像に難くない。
それこそ、兄の透(オダギリジョー)を頼って、一人息子の学(佐藤凌)と共にソウルにやってくる池松が演じた小説家の青木剛に石井監督を重ねる人も多いはずだ。もがき苦しみながらも、言葉や文化の壁を越え、確かな愛を掴み取ろうとする剛。その格闘の軌跡には、石井裕也と池松壮亮のすべてが凝縮されている。
文/イソガイマサト