オスカー受賞の名作曲家、ハワード・ショア…意欲作『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』に流れる渾身の音楽が魂を揺さぶる
『復讐者たち』(20)や『アウシュヴィッツ・レポート』(20)など、今年はナチスによるユダヤ人の迫害を題材にした力作が多いが、『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』(公開中)もそんな映画の一つ。第二次世界大戦期、ナチス統治下のワルシャワを逃れ、得意のヴァイオリンの腕を磨くためにロンドンに疎開したユダヤ人の少年ドヴィドル。引受先の息子マーティンは、最初は彼に反感を抱いていたが、しだいにドヴィドルと兄弟のような絆で結ばれていく。
終戦後、成長したドヴィドルは音楽界で注目を集めるようになり、マーティンの父の主催でコンサートの初舞台に立つことに。ところが開演の直前、彼は忽然と姿を消してしまう。それから35年後、音楽業界に身を置いていたマーティンは、偶然にドヴィドル捜索の鍵を得て、その消息をたどり始める。なぜ、彼はマーティンの前から消えてしまったのか?
「ロード・オブ・ザ・リング」3部作やデヴィッド・クローネンバーグとのコラボレーションで知られる名作曲家、ハワード・ショア
ドヴィドルの真実を探るミステリーに、歴史上の痛ましいまでの悲劇が絡んだドラマは歯応え十分。『レッド・バイオリン』(98)の名匠フランソワ・ジラールの丹念な描写や、ティム・ロス&クライブ・オーウェンの演技派競演、子役たちの繊細で生き生きとした演技も好評を博しているが、加えて注目したいのが映画音楽界の名手、ハワード・ショアによる劇中の音楽だ。本作ではバッハやベートーベン、パガニーニらのクラシックの名曲がフィーチャーされており、いずれも物語に美しく色を添えている。一方で、ショアの音楽も本作の重要なエッセンスとなっているのだ。
それについて語る前に、ショアについて改めて紹介しておこう。1946年、カナダのユダヤ教の家に生まれた現在75歳の彼は、「ロード・オブ・ザ・リング」3部作で3つのアカデミー賞を受賞したことで広く知られている。バークリー音楽大学で作曲を学んだあとに映画音楽の世界に飛び込み、『羊たちの沈黙』(91)や『セブン』(95)、『ディパーテッド』(06)など、多くの作品にスコアを提供してきた。とりわけ、デヴィッド・クローネンバーグとのコラボレーションは有名で、『スキャナーズ』(81)以降、ほぼすべてのクローネンバーグ監督作品の音楽を手掛けている。
「私から彼に、“こういう音楽にしてほしい”と注文をつけることはない。脚本を渡し、撮影現場を見てもらうだけ。そのうえで、彼がどんな音楽を出してくるのか知りたいんだ」と、クローネンバーグはコラボレーションについて語るが、この発言はショアに対する信頼の深さをよく表わしている。
クローネンバーグ作品でのショアの音楽は映画ごとにスタイルを変える。オーケストラを重視する作品もあれば、シンセサイザーを主体にしたもの、ギターの複雑なアレンジによるものなど、実に多彩。引き出しの多さに驚かされる。