2022年のアカデミー賞を総括!再定義が求められる映画の祭典、アクシデントの影には数々の偉業あり
多様性と包括性が求められるなか、アクシデントにより注目が集まる皮肉
クリス・ロックがジョークを披露している間に、ウィル・スミスがステージに乱入し平手打ちを食らわせたアクシデントから1時間あまり。会場の観客も視聴者も固唾をのんで見守った主演男優賞受賞のスピーチでは、『ドリームプラン』で彼が演じたリチャード・ウィリアムズ役の信条になぞらえて想いの丈をぶつけた。頰を伝う涙は俳優のものではなく、妻の病状を笑いものにされた彼の心境に誰もが同情した。だが、それと同時に後味の悪さも残る。授賞式直後にはロサンゼルス市警が、「該当者からの被害届は提出されていないが、後日提出された場合は対応する」と異例のステートメントを発表。一夜明けた現地時間3月28日午後、ウィル・スミスは自身のSNSでクリス・ロックに謝罪した。アカデミー賞を主催する米映画芸術科学アカデミーは、いかなる暴力も看過することはなく、正式に調査を行うと発表している。
日本映画界として『おくりびと』(08)から13年ぶりの海外長編映画賞受賞となった『ドライブ・マイ・カー』。北米各地の批評家賞から火がつき、第79回ゴールデン・グローブ賞、第75回英国アカデミー賞(BAFTA)、第27回放送映画批評家協会賞と前哨戦で負けなしで、ほぼ誰もが受賞を確信していた。壇上で濱口監督は「Oh, you are the Oscar」と微笑み、終了を促す音楽を2度止めながらすべて英語でスピーチしたのちに、会場に来ることができなかった三浦透子に向けて、「取りました!」とオスカー像を高く掲げた。受賞後の会見で濱口監督は、オスカー像の思わぬ重みに「ポン・ジュノ監督が2年前に受賞したとき、片手で軽々と持ち上げられていたので、意外と軽いのかなと思っていました。重かったのでびっくりしています」と率直な感想をもらしている。
第94回アカデミー賞授賞式の視聴率は、測定を始めて以来最低の昨年度を58%上回る1660万人だったが、史上2番目に低い数字だという。8部門の生放送を見送ったにもかかわらず、3時間40分という過去3年で最長の放送時間となった。アカデミー賞は、これから3年後の2025年より、作品賞候補に多様性と包摂性も含む条件を付加する。そのための準備が進められているはずが、容姿や年齢、性別をからかうようなジョークが乱立し、主要賞と技術賞を切り分け、生放送中に加害者と被害者の対立構造を作ってしまった。視聴人数を増やすためにあらゆる工夫をしても、結果的に人々が注目するのがアクシデントというのはなんとも皮肉だ。それでも、一つ一つの受賞結果にはたくさんの人々の想いとエピソードがあり、ここに至るまでの偉業が評価された人や、受賞やノミネートによって新しい扉を開いた人もいる。せっかく2年ぶりにドルビーシアターで開催することができたアカデミー賞だが、映画界における賞レースのあり方と、テレビのショーとしての映画の祭典を再定義しないことには、再び人々の耳目を集めるのは難しいのではないだろうか。