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日本人がおおいに躍進!パンデミックから完全復活した、第75回カンヌ国際映画祭の総評

コラム

日本人がおおいに躍進!パンデミックから完全復活した、第75回カンヌ国際映画祭の総評

リューベン・オストルンド監督が2作品連続でパルム・ドールを受賞

よく知られているように、カンヌ映画祭のコンペティション作品はフランスの劇場で一定期間独占上映されることが前提で、アメリカのインディペンデント映画を支えるストリーミング企業が製作・配信する作品は考慮されない。そのためか米資本映画が極めて少ない印象で、コンペティション部門にジェームズ・グレイ監督の『Armageddon Time』、デヴィッド・クローネンバーグ監督の『Crimes of the Future』、ケリー・ライカート監督の『Showing Up』、アウト・オブ・コンペティション部門に『トップガン マーヴェリック』と『エルヴィス』、そしてジョージ・ミラー監督の『Three Thousand Years of Longing』などが選出されてる程度だった。

『トップガン マーヴェリック』のトム・クルーズ
『トップガン マーヴェリック』のトム・クルーズPhotographs by Earl Gibson III / HFPA

今回パルム・ドールを受賞したのは、スウェーデンのリューベン・オストルンド監督の『Triangle of Sadness』。若いカップルをはじめ豪華客船の乗客や従業員のパワーバランスが逆転していく、オストルンド監督らしい辛辣なユーモアは、公式上映以来ずっと一番人気を保っている一方、内容に嫌悪感を示す観客がいるのもまた事実だ。オストルンド監督は、2014年の『フレンチアルプスで起きたこと』が第67回カンヌ国際映画祭のある視点部門審査員賞を受賞、2017年の前作『ザ・スクエア 思いやりの聖域』と2作品連続でパルム・ドールを受賞している。

パルム・ドールを受賞したリューベン・オストルンド監督の『Triangle of sadness』
パルム・ドールを受賞したリューベン・オストルンド監督の『Triangle of sadness』Image Credit : Fredrik-Wenzel [c]Plattform

グランプリは、前作『Girl/ガール』(18)でカメラドールを受賞したベルギーのルーカス・ドン監督の『Close』と、フランス映画界の重鎮女性監督クレール・ドゥニ監督がマーガレット・クアリーを迎えて撮った英語劇『Starts at Noon』がタイ受賞している。監督賞は韓国のパク・チャヌク監督が受賞。『Decision to Leave(英題)』は、『ラスト、コーション』(07)のタン・ウェイと『殺人の追憶』(03)、『グエムル 漢江(ハンガン)の怪物』(06)のパク・ヘイルによるラブ・サスペンス。女優賞には『ボーダー 二つの世界』(18)のアリ・アッバシ監督の『Holy Spider(英題)』で、連続殺人犯を追うジャーナリストを演じたザール・アミール・エブラヒミが選出されている。

グランプリを受賞したルーカス・ドン監督の『Close』
グランプリを受賞したルーカス・ドン監督の『Close』Image Credit : Kris Dewitte_Menuet

カンヌ映画祭で注目を集めた作品は、アカデミー賞の国際長編映画賞をはじめとした多くの部門で強力候補となる傾向がここ数年続いている。昨年の例をとっても、カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した『TITANE/チタン』(ジュリア・デュクルノー監督)はフランス代表、女優賞受賞の『わたしは最悪。』(ヨアキム・トリアー監督)はノルウェー代表で国際長編映画賞と脚本賞にノミネート、脚本賞受賞の『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)は作品賞、脚本賞、監督賞にノミネート、国際長編映画賞を受賞という快挙につながった。このトレンドによって、NEONやA24といった米独立系配給会社がカンヌで積極的に外国語作品の買付を行うようになった。今年も、『ベイビー・ブローカー』と『Triangle of Sadness』をNEONが、『Close』をA24、『Decision to Leave』(北米など)、『Holy Spider』(イギリスなど)をMUBIが買い付けている。

『Triangle of sadness』プレミアの様子
『Triangle of sadness』プレミアの様子Photographs by Earl Gibson III / HFPA

カンヌ国際映画祭授賞式の定例通り、授賞式のレッドカーペットに登場した映画のチームは“なにかしらの賞”を受賞する。レッドカーペットの中継を観ていた人たちは、次から次へと映画監督やキャストが現れるため、少し驚きの表情を浮かべていた。グランプリと審査員賞に各2作品、そして75周年特別賞が追加されて、コンペティション部門21作品のうち10作品が受賞という結果になった。授賞式後の審査員記者会見で、審査員長のヴァンサン・ランドンは「私たちの審議は我々の生涯の秘密です。誰もが常に最新情報を得ている昨今、秘密を共有できるのはすばらしいことです」と述べ、選考過程に関するジャーナリストからの質問を受けることはなかった。

カンヌ国際映画祭の審査員団
カンヌ国際映画祭の審査員団Photographs by Earl Gibson III / HFPA

コロナ禍を経た2022年のカンヌ映画祭は、コロナ禍以降に導入されたチケット問題に悩まされ続けた。映画祭に登録しているジャーナリストも業界関係者も(そして作品を出品している映画制作者も)、上映4日前の朝7時にチケットポータルにログインし、アクセスが集中し動きが鈍ったウェブページを凝視しなくてはならない。パーティーや上映でどんなに就寝が遅くても6時57分には目覚ましをかけ、チケット争奪戦を戦い抜かなくてはならなかった。前半はまったくポータルにつながらずチケットが取れないまま、上映開場は余裕があるという状況が続いたが、カンヌ映画祭はこれを「サイバーアタック」の影響としている。煙に巻くような事務局の弁明を含めて、2022年のカンヌ映画祭奮闘記として多くの参加者の間で語り継がれていることだろう。個人的には、会場に入るために炎天下で1時間以上待たなくてはいけない従来の方法よりも、チケットが入手できなければ諦めがつくので効率的だと感じたが。

レッドカーペットに参列したパク・チャヌクとパク・ヘイル
レッドカーペットに参列したパク・チャヌクとパク・ヘイルPhotographs by Earl Gibson III / HFPA


3年ぶりに従来の形で行われたカンヌ国際映画祭。日本人映像作家による作品が受賞し、華やかな公式上映やパーティも戻ってきた。大勢の観客と共に映画を観て、いま観たばかりの映画について、夜が更けるまで語り合う日常も戻ってきた。審査員団はこの経験を自己の創作活動を内省する機会と捉え、男優賞受賞のソン・ガンホは「是枝監督の作品を観たあとは、映画についてさらに深く考える」と言った。物議を醸す作品がパルム・ドールを受賞したのも、映画による対話を促す効果があるとも考えられる。それこそがポスト・パンデミックの世界が本当に欲していたものなのかもしれない。

取材・文/平井伊都子

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