『セカコイ』『TANG タング』、『アキラとあきら』へ…“恋愛映画の旗手”には収まらない三木孝浩ワールド
恋愛描写の表現をさらなる高みへと押し上げた『今夜、世界からこの恋が消えても』
そんな三木監督の持ち味と確かなビジョンが、今夏の3作にバランスよく分散させる形で凝縮されている。『今夜、世界からこの恋が消えても』(通称『セカコイ』)は、電撃小説大賞2019に輝く一条岬の同名小説を『君の膵臓をたべたい』(17)などの月川翔監督、『明け方の若者たち』(21)の松本花奈監督との共同脚本で映画化した感涙のラブストーリー。ホームグランドに帰還した三木監督が、自身の恋愛描写の表現をさらなる高みへと押し上げた野心作でもある。
高校生の透は、眠りにつくとその日の記憶をすべて失ってしまう難病を患う同級生の真織に偽りの告白をし、“お互い絶対に本気で好きにならないこと”を条件に付き合い始めることに。1日限りの恋を毎日毎日繰り返す、そんなせつなくも狂おしい展開を見せる本作だが、劇中の透は彼女にとってその1日が輝くものになるように努めている。そこで映しだされるのは、なにをしていても楽しくてしかたがない、幸せを全身で感じている恋人たちだ。
その画を撮るために三木監督はある秘策を大胆にも導入!透を演じた道枝駿佑と真織役の福本莉子に設定や状況だけを伝え、会話や動きは彼らのアドリブに委ねたのだ。神社のおみくじで透が“大吉”を引くシーンは演出ではないリアルな出来事(台本上では“凶”を引く予定だった)だし、ロープウェイで交わされる会話は、恋人たちになりきった道枝と福本がその場で感じて発した生の言葉たち。思わず弾けるそれぞれの笑顔も芝居の枠に留まらない自然なものばかりだった。
幸福感に包まれていればいるほど、事情を知っている観客は胸をより絞めつけられるわけだが、数々のラブストーリーを撮り続けてきた三木監督はそのことを十二分にわかっている。そんなねらいすましたキラーショットの数々が全編に息づいているのだから、観る者の瞳からやさしい涙が自然にこぼれてしまう。
3DCGを多用したダメ男とロボットとの冒険ストーリー『TANG タング』
『セカコイ』によって、ラブストーリーの世界での健在ぶりをアピールしたかと思ったら、もう一つの得意ジャンルでもあるSF映画に再び舵を切った三木監督。イギリスのベストセラー小説「ロボット・イン・ザ・ガーデン」を映画化した『TANG タング』は、妻に家を追い出されたダメ男の健と記憶を失くした迷子のロボット「タング」との交流と冒険を描いた壮大なSFファンタジー。『フォルトゥナの瞳』や『夏への扉 ~』でこのジャンルに挑戦しているとはいえ、三木監督がここまでCGを多用した作品を手掛けたのは初めてで、チャレンジングな企画であったことは想像に難くない。だが、健に扮した二宮和也が撮影時にはそこにいない、CGであとから合成されるタングを想像しながら自然な芝居を作り上げたことも手伝って、三木監督はこの近未来のアドベンチャーもまんまと自分のものにしてしまった。
現代と地続きの世界観を作り上げ、ファンタジーならではの個性的でユニークなキャラクターを登場させながら、ドキドキハラハラの、それでいてどこか楽しい冒険活劇を視覚化。“キラキラ映画”で磨いた繊細な心理描写で、健がタングと少しずつ心を通わせ、自身も成長していく三木監督らしいヒューマンな映画に着地させていたから驚いた。
骨太なドラマが展開!池井戸潤作品の映像化に挑んだ『アキラとあきら』
だが、驚くのはまだ早かった。自らのフィールドをどんどん拡張していく三木監督の勢いと、観客に対するいい意味での裏切りはまだまだ止まらない。最新作『アキラとあきら』では、なんと池井戸潤の同名小説の映画化にチャレンジ!三木監督が「半沢直樹」シリーズに代表される池井戸ワールドに足を踏み入れるなんて、誰が想像しただろう?でも、だからこそおもしろい。新たなジャンルにどう切り込むのか?未知の領域だからこそ、期待は高まる。
父親の経営する町工場が倒産し、幼い頃から過酷な運命に翻弄されてきた山崎瑛(アキラ/竹内涼真)。大企業の御曹司ながら次期社長の椅子を拒絶し、血縁のしがらみに抗い続ける階堂彬(あきら/横浜流星)。同じ名前を持つ2人は、日本有数のメガバンクに同期入社するが、互いの信念の違いから反目し合い、別々の道を歩み始める。だが、突如持ち上がった4800人の人生を左右する最大の危機を前に、彼らの運命は再び交差する。
言うまでもなく、本作は三木監督のフィルモグラフィのなかでも最も大人なエンタテインメント。初々しい恋模様も描かれなければ、ワクワクする未来の描写もない。だが、人を救うバンカーになるという理想を持つ瑛と、情に流されない彬をめぐる本作の心理描写は、三木監督がこれまでのキャリアで培ってきたスキルを存分に発揮できるものだ。
恋人同士だろうと、違う理想と信念を掲げる男同士だろうと、出会えばなにかが必然的に起こる。三木監督はそれを映像で見せるのが上手いし、製作陣はその確かな手腕に期待したに違いない。そして、それは見事に成功している。
同じ名前というだけで、まったく異なる考えを持ち、相手の生き方を認められない瑛と彬の距離が、なにをきっかけに近づき、どこで共鳴し合うのか?さらに、そんな2人の化学反応が絶体絶命の危機でどんな逆転劇を見せるのか?
そこではもちろん、竹内と横浜の演技力や本人が持っている魅力も大いに関係しているが、それぞれの異なるキャラクターを演者の個性を活かしながらわかりやすく輝かせたのは、やはり三木監督の演出によるところが大きい。表情のちょっとした変化、表の顔と裏の顔の見せ方のちょうどいい塩梅、交わらない視線と一つの試練に立ち向かうために同じ方向を見る者たちの眼差し…。
壮大な舞台設定だが、そこで繰り広げられるのはラブストーリーの時と同じ、常に揺れ動き続ける心の変化だ。本作ではそれが、瑛と彬だけではなく、様々な立場の多彩な人物たちの理想と現実、本音と嘘、思惑も巻き込みながら描かれるからドラマチックでおもしろい。ラブストーリーの担い手の持ち味が、より濃密な形でスパークする。新たなる“三木孝浩ワールド”を目撃することになるのだ。
文/イソガイマサト
※山崎賢人の「崎」は立つ崎が正式表記