芥川賞作家・中村文則が語る、“小説”と“脚本”の親和性。「京都国際映画祭」での特集上映を迎えた心境は?

インタビュー

芥川賞作家・中村文則が語る、“小説”と“脚本”の親和性。「京都国際映画祭」での特集上映を迎えた心境は?

「最初の映画化は、僕のなかでも一番の問題作といえる作品でした」

中村作品の最初の映画化は、松本准平監督の『最後の命』(14)。中村が2007年に発表した同名小説を原作に、幼少期に凄惨な事件に巻き込まれた2人の青年が7年ぶりに再会し、苦しみながら希望を見出そうとする姿が描かれていく作品だ。

「広く受け入れられる小説が映画化されることが一般的ですが、この作品は僕のなかでも一番の問題作といえる。こんなにも映画にするのに勇気がいる原作を選んだ時点で、松本監督はすごい人だと直感したのです。そしてプロットを読み、彼なら絶対良いものを撮ってくれるとOKを出しました」。

2002年に中村文則が発表したデビュー作を映画化した『銃』
2002年に中村文則が発表したデビュー作を映画化した『銃』[c]吉本興業

作品をほかの人の手に託す。その大きな決断に初めて至った経緯を振り返る中村は、当時の思い出のエピソードを挙げる。「その『最後の命』の関係者試写会の時のことです。映画が終わり、『ものすごいものを観た』と感動して松本監督に声を掛けようとしたんです。ところがどこにもいなくて。どうやら原作者の反応が怖くて、一旦お逃げになったみたいで(笑)。遠くのほうに松本監督を見つけて『松本さーん、よかったですよ!』と大きな声で言ったら安心した顔で戻ってきたのが忘れられないです(笑)。逆に『』を観終わった時は、プロデューサーの奥山(和由)さんと武(正晴)監督がずんずん近づいてきたかと思うと、自信満々で、まず奥山さんが『すごいでしょ』って。武監督も、「(撮影時に)色んなものが降りてきたんです」と仰ってて。人によって全然反応が違うからおもしろいです(笑)。原作者というのは得てして気を使われがちですが、毎回大満足してます」。

また、『最後の命』の公開が始まって1か月ほどが経ち、劇場に自ら足を運んだ時を振り返る。「本のプロモーションでアメリカに行っていて。帰国したら、もう小さなスクリーンで、終電後のレイトショー上映のみという状況で。行ってみると、お客さんも十数人しかいない。でも映画が終わったら、そこにいるほぼ全員が泣いていたんです。ある映画関係者の方から、『映画の興行は最初の一週間で決まる』と言われたことを思い出しました。公開から一週間の客入りで上映時間帯や上映期間が決まってしまう。だからこの人たちの涙や、感じたこと、これから発信される口コミは、もう広がり難いんだと思うとすごく歯がゆい気持ちにさせられました。いい映画と人から聞いても、行ける時間帯ではもうやっていない。映画は、最初の宣伝費の比重を大きくしないと、どうしようもない現状があるというか…」と、現代の日本の映画上映を取り巻くシステムでは、良質な作品が埋もれていくと疑問を呈していた。

「『銃』の映画化にこれ以上のものはない」

2016年に桃井かおりが主演と監督を務め、「火」が映画化される。後に『銃』(18)と『銃 2020』(20) でもタッグを組むことになる、奥山和由プロデューサーと初めて対面したのはこの時だ。「伝説的なプロデューサーとして知られるあの奥山さんが、僕に会いたいと仰ってるというので、是非お会いしたいと思いました。その時に、僕の原作を何本か映画化したい、まずは『火』をやらせてくれと。『火』は女性が精神科医に内面を告白する、その語りだけで成立している小説です。それを選ぶということも、その監督と主演に桃井さんを選ぶということも、やはり只者ではないなと思いました」。

その後、玉木宏の主演作『悪と仮面のルール』(18)と岩田剛典主演の『去年の冬、きみと別れ』(18)を経て、「第34回新潮新人賞」を受賞した「銃」が奥山プロデューサーと武正晴監督の手によって映画化される。「以前から『銃』を映画化したいというオファーは様々なところからいただいていましたが…」と、デビュー作への思い入れの強さをあらわにした中村は「最初に武監督が『この映画はモノクロでやる』と言ったんです。すぐに、それが正解だと思いました」と、全面的に武監督に信頼を置くことを決めたという。

白黒の映像や、武正晴監督の卓越した演出で原作の持つ世界観を再現
白黒の映像や、武正晴監督の卓越した演出で原作の持つ世界観を再現[c]吉本興業


「この『銃』という作品の最も難しいところは、主人公であるトオルの言っている台詞と内面が違っていることです。それは小説ならば内面の気持ちを書いて、会話文では違うことを書けば表現ができるけれど、映画では一体どうやってやるのだろうと。武監督は演じる村上虹郎さんの表情と、出る言葉のタイミングをちょっとずらすことでそれを表してくれました。本当に巧い。武監督は一番の正解を的確にやってくれる人です。完成した映画を観た時に、「銃」をやるにあたって、もうこれ以上の映画化はないと思いました。ラストなんて、もう凄まじかった」。

■京都国際映画祭2022
日程:10月15日(土)~16日(日)
場所:よしと祇園花月、ヒューリックホール京都、京都市京セラ美術館、六角堂・池坊ビル、京都大学防災研究所ほか
※10月14日より先行上映開始
※先行しての企画・オンライン上映・展示あり
URL:https://kiff.kyoto.jp/

■小説家中村文則原作映画特集
『銃』『去年の冬、きみと別れ』:ヒューリックホール京都で上映
『銃2020』『火Hee』『悪と仮面のルール』『最後の命』:10月16日(日)23:59までオンライン上映

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