『天間荘の三姉妹』「あまちゃん」など…過酷な環境でも自分を見失わないヒロイン・のんの底知れないきらめき
「スカイハイ」「SIDOOH―士道―」「JUMBO MAX」などで知られる高橋ツトムの同名コミックを、高橋の盟友で、現在はハリウッドを拠点に活躍する『あずみ』(03)、『ゴジラ FINAL WARS』(04)、『ルパン三世』(14)などの北村龍平監督が映画化した『天間荘の三姉妹』が10月28日から公開中。
大ヒット作『この世界の片隅に』(16)の製作スタッフが新たに放つ本作は、あの世とこの世の間にある温泉旅館「天間荘」を舞台に、“人が生きる”ということを深く見つめ直す感動のヒューマンファンタジー。主演ののんが、連続テレビ小説「あまちゃん」に続いて東日本大震災が物語の背景にある本作で、「あまちゃん」の天野アキや『この世界の片隅』のすずと同じように、天真爛漫さと孤独感が同居するヒロインのたまえを演じていることも話題となっている。
そこで本コラムでは、難易度の高い役どころを持ち前の健やかな感性で体現し、観る者を魅了するのんのヒロイン性を過去の出演作とともに分析していく。
天界と地上の間にある場所で自身を見つめ直す『天間荘の三姉妹』
『天間荘の三姉妹』は、高橋ツトムが代表作「スカイハイ」シリーズのスピンオフ作品として、東日本大震災で傷ついた人々に向けて描き下ろした同名コミックの映画化。天界と地上の間にある街、三瀬町にある老舗旅館「天間荘」を舞台に、謎の女性イズコに連れられてやってきた少女たまえが、宿を切り盛りする腹違いの2人の姉、のぞみとかなえや、宿泊客との交流を通して自分の“生”を振り返りながら、ある真実にたどり着く姿が描かれる。のんが三女のたまえに扮し、長女ののぞみを大島優子、次女のかなえを門脇麦が体現。さらに母親役で寺島しのぶ、父親役で永瀬正敏、イズコ役で柴咲コウが共演。ほかにも三田佳子、高良健吾、柳葉敏郎、中村雅俊ら豪華キャスト陣が脇を固め、数奇な物語に深みと温もりをもたらしている。
『天間荘の三姉妹』での、まっすぐで天真爛漫なのん
のんが扮したたまえは、のぞみとかなえの腹違いの妹で、現世では天涯孤独の身。たまえの父親、つまり天間荘の大女将でもある恵子(寺島)の元夫=清志(永瀬)がたまえが9歳の時に失踪したため、一人暮らしをしながらアルバイト生活をしていたという。だがそんなある日、交通事故で臨死状態に。そして天間荘で暮らすことになったのだが、地上での記憶は断片的にしか覚えていない。現世ではないところにいるいまの自分の状況を頭では理解してはいるものの、天間荘に来ることになった本当の理由はわかっていない。
そんな孤独だった過去や複雑な状況にある不安を一切見せないたまえを、天性の明るさと強さでまっすぐに演じたのん。美しい景色を見た時の純粋な驚きや美味しいものを食べた時のはしゃぎっぷりがかわいらしくて気持ちいい。客として泊まるのではなく、天間荘で働きたいと申し出て、まったくできなかった料理や魚の捌き方、配膳の作法を次々に覚えていくたまえに、のんが嘘のない芝居で息を吹き込み、魅力的なキャラクターにしているのだ。
大女将の恵子から「自分の不運を周りのせいにしてきたんだろう? 自分はなに一つ悪くないのにって」と毒づかれた時も、怯むことなく「そんなこと思ったことないですよ」と懸命に向きあい、父親のことを卑下されても「お父さんはそういう人じゃない!」と言い切る。
さらに、宿泊客の気難しい老女、財前(三田)から「ワケあり風なのに、いつも前向きでいいわね」と言われた時の「いつも後ろ向きよりいいと思いますけど。いつもピリピリしていないで素直に見れば、美しい景色はたくさんありますよ」という言葉も、自由で健やかな生き方をしているのんの肉体を通して出てくるものなので説得力がある。
映画はそんなたまえが傷ついた宿泊客の心を次々に解きほぐしていく姿を映しだしていくが、やがて彼女にも「肉体に戻る」か「そのまま天界に旅立つのか」の決断を下すべき時が訪れる。そこでたまえがたどり着く一つの答えも、壮絶な20代を自らの手で切り拓いてきたのんの生き方と重なる大きなメッセ―ジとなって、観る者の胸に深く突き刺さるのだ。