貞子の“井戸”を怪談専門家が徹底解説!『貞子DX』で描かれる呪いの正体とは?
「井戸は江戸の街中にあった数少ない“死に場所”だった」
――“井戸”が、神仏など神聖なものではなく、より恐怖の対象や怪談として波及していったのはなぜでしょう?
「江戸時代に庶民が使っていた井戸は、上水水門から引いた水を石樋や木樋と呼ばれる水道によって、町中の上水井戸に分配されていました。しかし、井戸が恐怖の象徴となっている古典怪談の『皿屋敷』に登場するような武家屋敷では、地面を深く掘り抜いて井戸を作っていて、町の井戸とは独立していました。そのため、『皿屋敷』や『リング』に登場する堀抜き井戸は、限りなく庶民の生活とは遠いところにあったのです。そして井戸という場所には、元来“井戸神様”と呼ばれる神様がいるとされていましたが、これが実に祟りやすい神様。みだりに踏み入ったり汚したりして怒らせてはいけないのですが、それが家の敷地内にできてしまったことが要因の一つです。
もう一つのポイントとしては、井戸は江戸の街中にあった数少ない“死に場所”だということです。江戸時代には高い建物も少なく、橋から身を投げるか堀に落ちるか、井戸に身を投げるかと限られていました。そのため、井戸に身を投げたように見せかけて、死体を隠滅するという犯罪も起こりました。しかし深い井戸がある武家屋敷の中で、なにが行われているのかを庶民が知ることは困難です。もしかしたらいじめられて殺され、井戸に投げ込まれた人もいるのだろう。その証拠隠滅をするならば井戸だろう。こういった想像から怪談という物語、つまり恐怖へとつながっていったのです」
「貞子も人を呪い殺していく怨霊だけど、一抹の同情を感じてしまう」
――井戸が恐怖の象徴となる貞子も「皿屋敷」のお菊さんも、不条理な死を遂げた女性という共通点がありますね。
「『皿屋敷』の“さら”は更地の“さら”とも言われています。つまり、廃墟になった建物のことなのです。江戸の庶民たちに好まれた物語は、武家屋敷でいじめ殺された若い娘が霊になって祟って出て、そのお家を断絶させるというものでした。普段から抑圧された庶民は、怖いと感じながらも、どこかでお菊さんに感情移入していったのです。貞子も本来はそれをなぞっていました。人を呪い殺していく怨霊だけど、一抹の同情を感じてしまう。
女性の祟りの話が多くあるのは、女性が社会のなかで抑圧されてきたという点が大きいでしょう。妖怪になるのも決まって“女性・小僧・坊主・老人”で、侍は決して妖怪にはなりえない。なぜなら社会の中心は昔から成人男性だったので、彼らにはマイノリティを抑圧しているという考えがあったからです。そんな成人男性たちが最も恐れていたことは、不思議な力で復讐されることでした。霊力といった不思議な力に対しては、それまで安心できていた暴力や権力を行使しても、手も足も出ないんです。
また一方で、幽霊というのは『こんな酷いことをしたのだから、きっと恨んでいるだろう』と、生きている人が発見するものでもあります。その恨みに同情し供養することで成仏するというのが、かつての村落共同体における秩序の回復の手順でした。お地蔵さんを建てるというのも、その手順のひとつです。けれど、いまではお地蔵さんを建てて収まるとは誰も思えなくなっています。理不尽な仕打ちや不条理な仕打ちに対して、不特定多数の人を祟るようになっていき、かつての宗教的な儀礼が通用しなくなっています。“貞子地蔵”を建てることでは呪いが収まらなく成仏もしない世界、これが”モダンホラー”なのです」
國學院大学文学部日本文学科 教授。研究分野は口承文芸学、民俗学、現代民俗。怪異・怪談、妖怪伝承に造詣が深く、口承文芸研究の方法を、現在の社会や文化を理解する方法として用いて研究を進めている。
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