『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』サントラ収録の全20曲を徹底解説!リアーナ新曲や世界各国で見出された気鋭まで

コラム

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』サントラ収録の全20曲を徹底解説!リアーナ新曲や世界各国で見出された気鋭まで

マーベル・シネマティック・ユニバース(以下、MCU)のなかでも絶大な人気を誇る『ブラックパンサー』(18)。その最新作、『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』が大ヒット公開中だ。日本では公開3日間で興行収入4億9,011万円を記録。北米でも2022年におけるオープニング成績が『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』に次ぐ大ヒットを収めている。サウンドトラックからのリード・シングル「Lift Me Up」は、6年強ぶりのリアーナの新曲でもあったため、こちらも驚異的な強さを見せた。全米シングル・チャートは、2週連続1位となったテイラー・スウィフトのモンスター・シングル「アンチ・ヒーロー」に初登場1位を譲ったものの、リアーナ・ファンも「ブラックパンサー」シリーズのファンも納得できる結果に。

前作はヒーロー映画でアカデミー賞史上初の作品賞を含む7部門にノミネートされ、衣装デザイン、美術賞、作曲賞を受賞した。この作曲賞を受賞したのが、音楽監督のルドウィグ・ゴランソン。スウェーデン人でギタリストの父と、ポーランド人でフロリストの母をもつ彼の名は、ルートヴィヒ・ヨランソンとも読む。じつは、ルートヴィヒ・ヴァン「ベートーベン」にちなんで名づけられた運命の作曲家なのだ。38歳にして、前述のアカデミー賞ほかグラミー賞の最優秀楽曲賞(チャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」)、映画・テレビサウンドトラック部門(『ブラックパンサー ザ・アルバム』)、そしてテレビ業界の文化賞、エミー賞も受賞しており、名前負けしていないのだが。

前作『ブラックパンサー』から楽曲を担当し、アカデミー賞作曲賞も受賞したルドヴィグ・ゴランソン
前作『ブラックパンサー』から楽曲を担当し、アカデミー賞作曲賞も受賞したルドヴィグ・ゴランソン[c]Everett Collection/AFLO

『ブラックパンサー』の監督、ライアン・クーグラーとゴランソンは名門・南カリフォルニア大学からの友人だ。『フルートベール駅で』(13)、『クリード チャンプを継ぐ男』(15)、そしてこの『ブラックパンサー』で一緒に歴史を刻んできた仲。さまざまな快挙を成し遂げた『ブラックパンサー』ではあるが、公開の2年後に主演のチャドウィック・ボーズマンを病で失う大きな痛手を背負っている。彼の代役を立てない選択をした製作陣は、世界観を壊さずに新しい方向性を模索。前回はスコアのみを担当したゴランソンは、今回、オリジナル・スコアとサントラの両方を担当している。映画の内容に触発された曲を含む前作のサントラ『ブラックパンサー ザ・アルバム』は、ケンドリック・ラマーがエグゼクティブ・プロデューサーを務めていた。

『ブラックパンサー ザ・アルバム』でエグゼクティブ・プロデューサーを務めたケンドリック・ラマー
『ブラックパンサー ザ・アルバム』でエグゼクティブ・プロデューサーを務めたケンドリック・ラマー[c]Everette/AFLO



『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』に先駆け、クーグラーとゴランソンは本作で重要な役割を果たすメソアメリカ文明の所縁の地である、メキシコのユカタン半島とアフリカの国々を訪れたという。ゴランソンが指揮したレコーディングは、3大陸の5か国、6つのスタジオで、250人以上のミュージシャン、2つのオーケストラ、2つの合唱団、40人以上のボーカリストが参加した壮大なプロジェクトとなった。筆者は、世界同日公開の1週間前にリリースされたサントラ『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー ミュージック・フロム・アンド・インスパイアード・バイ』の国内盤の歌詞対訳を担当した。ナイジェリア、南アフリカ、メキシコ、そして親の世代がアフリカから移民したイギリスとアメリカのアーティストが多く参加した、コンセプトのはっきりしたアルバムだ。興味深いのが、多様な言語で歌われ、「インスパイアード・バイ」とついているものの、歌詞の内容がほぼ本編のストーリーと連動していること。音楽でさらに『ブラックパンサー』の世界観に奥行きを持たせているのだ。ここからは、アルバム収録曲全20曲を解説していく。

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』では、ティ・チャラを失ったワカンダに新たな脅威が襲い掛かる
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』では、ティ・チャラを失ったワカンダに新たな脅威が襲い掛かる[c]Marvel Studios 2022

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー ミュージック・フロム・アンド・インスパイアード・バイ』全曲解説

1. Lift Me Up -Performed by Rihanna


公開の2週間前にリリースされたリアーナの新曲。彼女名義としてはじつに6年半以上ぶりのリリースだったため、大きな話題になった。曲のクレジットにはクーグラー、ゴランソン、リアーナのほかにナイジェリアのテムズの名が並ぶ。テムズは2018年に登場して以来、ウィズキッド 「Essence」のリミックスにジャスティン・ビーバーとフィーチャーされたり、ドレイクやフーチャーにサンプリングされたりと注目度大。音を絞ったトラックに祈るようなスタイルが特徴的なシンガー・ソングライターで、このバラードもテムズのカラーが濃い。彼女のコメントを紹介しよう。

【写真を見る】歌姫リアーナから、発掘された気鋭まで。『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』楽曲に参加したアーティストたち
【写真を見る】歌姫リアーナから、発掘された気鋭まで。『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』楽曲に参加したアーティストたち[c]Marvel Studios 2022

「ライアンと映画と曲の方向性を話し合ったあと、私の人生で失ったすべての人たちを温かく抱きしめる様子を表現する曲を書きたくなりました。どれくらい会いたいか、彼らに歌いかける感じを想像したんです。リアーナはずっと私のインスピレーションの源なので、彼女が歌ってくれてとても嬉しい」。

ここでの亡くなった人はボーズマンであり、彼が演じたティ・チャラの妹であるシュリの気持ちを汲み取っている。「lift me up」を「元気づけて」と感情から訳すか、「抱き上げて」と動きから訳すか迷った。心の中に生き続ける死者たちの存在はときに温かく、悲しいばかりではないという映画のコンセプトを凝縮した曲。

2. Love & Loyalty (Believe) -Performed by DBN Gogo and Sino Msolo and Kamo Mphela and Young Stunna and Busiswa


南アフリカのDJ兼プロデューサー、DBN(ダバーン・)ゴーゴーのもとに男女2人ずつ、4人のアーティストが集結。ワカンダ語としても劇中で使われているコサ語の曲である。「愛と忠誠を信じている」を英語とコサ語でチャントのようにくり返し、気持ちを鼓舞する。劇中でなんどか出てくるラボのシーンに使われていた。ダバーン・ゴーゴーは、南ア発のダンス・ミュージック、アマピアノを代表するアーティスト。この曲もアマピアノとアフロビーツの要素が両方入っている。すでに世界のダンスフロアに飛び火しているアマピアノはハウス・ミュージックのサブジャンルであり、ジャズと南アのクワイト、ヒップホップの要素が入っていてさらに人気が出そう。

3. Alone -Performed by Burna Boy


ナイジェリアのトップ・アーティスト、バーナ・ボーイは世界に羽ばたくにあたって、英語とピジン語を混ぜたスタイルを編み出した。アフロビーツ、レゲエの要素を入れたアフロポップの第一人者で、2018年からすでに4枚のアルバムをリリース、いずれも国内外で高評価を受けている。この曲では、戦わざるを得ない運命を嘆きつつ、ひとりにしないでほしいと神様と亡くなってしまった先達に訴えている。この曲も実験に取り組む気持ちを代弁しているかのように、ラボのシーンで使われていた。

4. No Woman No Cry -Performed by Tems


前述のテムズがボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの名曲、「No Woman, No Cry」をカヴァ―。予告編に効果的に使われたので、印象に残っている人も多いだろう。ケンドリック・ラマーのアンセム「Alright」に流れ込む構成で、否応なしに映画本編への期待が高まった。二重否定に読める「No Woman, No Cry」は、ふつうの英文法では意味が取れない。よく耳にするけれど、いまひとつわからないな、と思っていた人も多いのでは。「woman」は単数形であり、ボブ・マーリーが妻のリタに宛てた曲だと言われる。ジャマイカのパトワの「nah」は先に置くと「don’t」になるので、「愛しい人よ 泣かないで」となる。このカヴァーは、兄を失って悲しみに沈むシュリにティ・チャラが天国から励ましているとも、ボーズマンの不在を残念に思うファンたちへの制作陣からのメッセージとも取れる。

リアーナの6年ぶりの新曲「Lift Me Up」にも参加したテムズ。ボブ・マーリーのカヴァー「No Woman No Cry」も歌っている
リアーナの6年ぶりの新曲「Lift Me Up」にも参加したテムズ。ボブ・マーリーのカヴァー「No Woman No Cry」も歌っている[c]SPLASH/AFLO


5. Arboles Bajo El Mar -Performed by Vivir Quintana and Mare Advertencia


「ブラックパンサー」シリーズのテーマのひとつに、先進国が途上国に支援をしながら自分の経済圏に取り込んでいく新植民地主義への警告があると思われる。2作目から登場する海中国、タロカン帝国はメソアメリカ文明の系譜にあり、音楽でもメキシコ文化を多く取り入れている。彼の地のフォーク・シンガー、ビビール・キンターナと、ザポテコ族の詩人、マレ・アドゥベルテーンシアが歌うこの曲は、そのテーマを端的に表した曲だ。「すべての棘は 海の向こうからやってきた」とドラムの音だけで歌い出す凄みのある曲だ。劇中では早い段階でイントロがうっすら流れたあと、海中のシーンで使われたタロカンのテーマ・ソングだ。

メソアメリカ文明にルーツを持つ、海の帝国タロカンの人々
メソアメリカ文明にルーツを持つ、海の帝国タロカンの人々[c]Marvel Studios 2022

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■『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー/ワカンダ・フォーエバー ミュージック・フロム・アンド・インスパイア―ド・バイ』
・国内盤CD 12月21日(水)発売 UICH-1020 2,750円(税込)
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