”高すぎる完成度”は映画にとって弱点なのか?『そして僕は途方に暮れる』三浦大輔監督と語り合う、映画の”コツ”【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

”高すぎる完成度”は映画にとって弱点なのか?『そして僕は途方に暮れる』三浦大輔監督と語り合う、映画の”コツ”【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

「むしろハリウッド映画的価値観では、きっちりまとめようとすることって、正しさなんですけどね」(宇野)

宇野「劇中に出てくる(フランク・)キャプラの『素晴らしき哉、人生!』のモチーフというのは、舞台にもあったんですか?」

三浦「あれは、なにかあそこで象徴的な映画を提示する必要があって、いろんな使える映画を探したなかで、あのポスターがわかりやすいなって思って。舞台の時にはなかったモチーフです」

宇野「あれもめちゃくちゃ効いていて。物語のツイストにもつながっているし。『素晴らしき哉、人生!』が出てくることで、『この映画もハッピーエンドなのかもしれない』ってつい思っちゃうじゃないですか(笑)」

ヒューマンドラマの傑作『素晴らしき哉、人生!』。劇中で重要なモチーフとして登場する
ヒューマンドラマの傑作『素晴らしき哉、人生!』。劇中で重要なモチーフとして登場する[c]Everett Collection/AFLO

三浦「映画を知らない人でもタイトルで想像つくかなって。ミスリードのためにチョイスしたって感じですね」

宇野「今回の作品に限らず、そういう緻密な構成にいつも惚れ惚れとしちゃうんですよね。三浦さんの作品って」

三浦「演劇に関しても構成に関しては言われることが多くて。多分、僕が理系なんで、理数科だったりするので…理屈で計算して…」

宇野「理数科だったんですか?」

三浦「はい、高校時代に。そこも関係してるのかな…理屈づけて構成、構成と整理していかないと気が済まない性格で。もっと感覚派っているじゃないですか。辻褄が合わなくても、感じたまま先に進めちゃうみたいな」

宇野「ラストシーンは長回しで、解釈は観客に委ねて終わる、みたいな。おっしゃる通り、そういうタイプのほうが映画の世界では評価されがちです(笑)」

三浦「僕はそうじゃなくて、きっちりまとめようとしすぎるから。それが映画的な豊かさを削いでるっていうような評価もあるのかなって思って」

宇野「むしろハリウッド映画的価値観では、それは正しさなんですけどね。“日本映画の世界”で括った時に、それで軽んじられてしまうのかもしれませんが」

三浦「きっと、そういう狭間にいるんだろうなと思っていて。演劇界では、異端というか、文学性の強いものを作ってきたとされているとこもあって、それを映画に持ってきた時にもそれを期待されてしまうのかもしれない。それが意外にきっちりまとまっていてエンタメしてるから、なんか『けっ』てなるんじゃないですか、わかんないですけど(笑)」

腰の引けた芝居が絶妙!舞台版から続投の前田敦子と息の合った演技を見せる
腰の引けた芝居が絶妙!舞台版から続投の前田敦子と息の合った演技を見せる[c]2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

宇野「先ほどから自己評価が低過ぎるような(苦笑)。”きっちり”ということで言うなら、今回、画面に日付が出るじゃないですか。この作品は常に“時間”と“空間”の意識を促す作品だと思うんですけど、そこで日付が出ることで観客をちゃんとその”見方”に誘導してくれる。映画って基本的に時間と空間をコントロールする芸術だと思うんですけど、それを完璧にしていて」

三浦「そこは好みがあると思うんですけど。経過した日数とか、わかりやすく示したいっていうのがあるんですよね。映画的にはテロップを入れなくていいんじゃない?っていう意見もあったんですけど」

宇野「確かに、自分は全然気にならなかったですけど、映画的にするんだったら日付を入れないほうがスマートっていう判断はあり得ますよね」

三浦「そういう意見を押しのけて、観客に時間をしっかり体感してほしいっていう。わかりやすさって言ってしまえばそれまでなんですけど、そっちに僕は行ってしまうなって。というのも、『そして僕は途方に暮れる』に関しては特に、幅広い客層に観てもらいたいと思ったんですよね。テーマ的には都市型の作品だとは思うんですけど、地方のお客さんも『意外に観たらおもしろかった』とか言ってくれて、広がる可能性を秘めてる作品だと思っていて。エンタメもちゃんとしてますし、普通の映画とはちょっと変わった切り口だけど、その切り口も難しくなく、誰でも体感出来るような、絶妙なバランスのエンタメになっているんじゃないかなって」

宇野「主人公への『ちょっとお前、なんなんだよ!』っていう感情を、めちゃめちゃ共感しやすい撮り方をされてますよね」


三浦「はい。敢えて、そういうわかりやすさも入れ込んだ映画なので、小さくまとまらず、広がっていったらおもしろくなりそうだなっていう感じはあるんですけどね。ささやかな話ではありますが、藤ヶ谷くんが主演っていう、作品のパッケージ的には華やかさもあるので」

宇野「本当に最高ですよ、この作品の藤ヶ谷さんは」

三浦「イケメンの人でダメ人間の役ができる人はいっぱいいると思うんですけど、彼のように絶妙なニュアンスを出せる人って稀有だなって」

宇野「三浦さんは今作同様に、他の演劇作品でも主人公に“菅原裕一”っていう同じ名前をつけてますよね。そこにはご自身も反映されている?」

とことん”逃げ癖”のある菅原裕一役を務めた藤ヶ谷太輔
とことん”逃げ癖”のある菅原裕一役を務めた藤ヶ谷太輔[c]2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

三浦「そうですね。特にこの作品の菅原は反映しやすかったというか」

宇野「劇作家や監督、小説家もそうだと思うんですけど、仮にそうだとしても、あまり主人公に自分を反映していると言うのを嫌がる人も多いじゃないですか」

三浦「ああ、かもしれないですね。作者と作品を分けたいっていう」

宇野「そこで無防備に『自分を反映させている』と言えるのは珍しいなって」

三浦「もちろん完全に実体験が基になっているわけではないですけど、自分に起きた経験を広げては書いているので。そこは潔く、僕の体験したことから地続きのものですよってことを提示してもいいんじゃないかって。それを恥ずかしいとはあまり思いませんね。劇団時代からそうやってきたからかなって思いますけど。“菅原裕一”って役名に決めているのは、特に意味はないんです。なんとなくそれをおもしろがってるだけですね」

宇野「僕はこの主人公を観て、いまっぽいなと思ったんですよ。こういう子、いっぱいいるんだろうなって。それこそ自分の息子とか見ていても思うし。『お前、なんでもやってもらえて当たり前と思うなよ』みたいな。だからちょっと恐怖を感じたというか。自分の息子がこんなモンスターみたいになってしまったらどうしようみたいな(笑)。監督自身、あるいは同世代を見渡してみても、実際にはあそこまでひどくはないですよね?」

三浦「いや、僕にも逃げ癖があって、同じようなことをやってきたんですけど(笑)。でも、僕の場合は途中でビビっちゃう。『このまま逃げ続けたら、俺、もうヤバいかもな』っていう時に、引き返しちゃうショボさがあって」

宇野「ああ、ちゃんとギリギリのところでセンサーは働くんですね」

三浦「そうならなかった自分の、その先を見たかったっていうのも実はあって。逃げ続けた人生の先に一体なにがあったのかっていう」

宇野「逆に言うと、この映画の主人公にはその勇気がある」

三浦「そう。ある意味、彼は逃げることにストイックなんですよ。普通、ビビって戻ると思うんですよ。怖くなって、ひょこっと戻ってきたりすると思うんですけど、この人は本気で逃げ切ろうとしてるから…」

宇野「まあ、なにも考えてないような気もするんですけどね(笑)」

三浦「でも、逃げ切ろうとするバイタリティだけはある。その逃げ方が潔くて笑っちゃうところもあるのかなって。その果てになにがあるのかを描きたいと言っても、大層なものはないんですけど(笑)」

”逃げ癖”のDNAを色濃く感じさせる父親、菅原浩二役の豊川悦司
”逃げ癖”のDNAを色濃く感じさせる父親、菅原浩二役の豊川悦司[c]2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

宇野「もっとひどい父親が出てきて、DNA的な根拠が示されるのは笑っちゃったんですけど。良く出来た話だな〜って」

三浦「ははは(笑)。そういうところにも、きっちりしたい、辻褄を通したいという癖があるんでしょうね」


宇野維正の「映画のことは監督に訊け」

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