ノーブルな顔立ち、唯一無二の清廉さと色気。『別れる決心』チャン・ヘジュンがパク・ヘイルでなければならなかった理由
昨年開催された第27回釜山国際映画祭(以下BIFF)でのこと。上映を終えたばかりの『別れる決心』(公開中)の熱気の中へ深いブラウンのジャケットに身を包んだ俳優が登場すると、会場からは熱っぽい声がさざ波のように起きた。海が登場する作品を釜山国際映画祭で上映する喜びを噛みしめるように口を開いたのは、映画で刑事チャン・ヘジュンを演じたパク・ヘイル。ノーブルな顔立ちの静かな語り口は、作品のキャラクターそのものだった。
『別れる決心』は、険しい山で起きたある滑落事故から始まる。捜査にあたる刑事チャン・ヘジュン(パク・ヘイル)は、被害者キ・ドス(ユ・スンモク)の若き中国人妻ソレ(タン・ウェイ)に疑いを抱き尾行を始める。しかし、彼女にいつしか心を奪われ、ソレもまた、紳士的なヘジュンを忘れられなくなるが、事件にまつわるある決定的な出来事で、二人は離れることに。しかし、ヘジュンが新たに赴任した地で起こった殺人事件により、ソレと予期せぬ再会を果たす。
「例えば、パク・ヘイルだと考えてみよう」。脚本家チョン・ソギョンと本作の構想を話し合っていたパク・チャヌク監督はこう切り出した。まだ高校生だったころに読みふけった、スウェーデンの小説「マルティン・ベック」シリーズに登場する思慮深く紳士的な刑事マルティン・ベックを新作の主人公のモデルにと考えた時、パク・ヘイルの名前を挙げたのだ。実はチャン・ヘジュン(장해준)の“ヘ”の一字も、パク・ヘイル(박해일)に寄せたものだという。役者の顔やスタイルといった表面的要素に加え、これまでの役柄で醸成されたビハインドストーリーを加味して構築されたチャン・ヘジュンには、パク・ヘイルという俳優が凝縮されている。今回は『別れる決心』を中心に、パク・ヘイルの持つ魅力に迫りたい。
上品かつリアリティある姿が巨匠の心を掴んだ『ラスト・プリンセス −大韓帝国最後の皇女−』
パク・ヘイルとパク・チャヌク監督の出逢いは、『ワイキキブラザーズ』(00)でのデビュー時期に遡る。共に試写会に参加していたソン・ガンホから紹介され、一緒にビールを飲みに行った。今回オファーの連絡をもらった時はまだシナリオが出来上がっていない段階で、30分くらい役柄についての話を聞きながら、3つのことに好奇心が湧いた。一つは、“パク・チャヌク映画”というジャンルそのもの。2つ目は、自分は刑事や警察を演じた経験が無いが、ヘジュンは既存のキャラクターとなにかが違っていたこと。そして3つ目は、タン・ウェイが出演するということだった。
「長い間、彼の名前は自分のキャスティングリストにあった」と明かすパク・チャヌク監督がパク・ヘイルを『別れる決心』に起用した決め手は、『ラスト・プリンセス −大韓帝国最後の皇女−』(16)だった。日本統治時代に実在した皇女・徳恵翁主が歩んだ流転の人生をベースにした時代劇である本作は、韓国での公開当時、いくつかの点で歴史歪曲が批判されたが、俳優陣は高評価を受けた。中でもパク・ヘイルが演じたキム・ジャンハンは、ストーリーテラーとして映画を最後まで牽引する。
ジャンハンは、皇帝・高宗から認められた徳恵翁主(ソン・イェジン)の許嫁だ。独立運動家だった父の遺志を継ぐと言って一度婚姻を固辞し、成長して日本の陸軍に入隊しながら、秘かに民族の独立のために尽力していた。日本で人質のように暮らす徳恵を上海へ亡命させようとする勇敢さが凜々しく、何よりも徳恵への愛情と献身が誠実で感動的だ。自ら課した使命と恋愛の狭間で想いが抑制されているからこそ、彼の清潔さに惹かれる。
パク・チャヌク監督が感嘆したのは、ほぼ実在の人物で構成された本作にあって、キム・ジャンハンは数少ないフィクションの人物であるにもかかわらず、威厳と上品さで立体的なキャラクターだったことだ。その姿が脳裏に焼き付いていたため、『別れる決心』のヘジュンのセリフは、かなり詩的で文学的な独特のものになった。難解だったが、だからこそ魅力的で、挑戦する価値があったとパク・ヘイルは明かす。その濃い演技に、ファンは少なからず「素の“パク・ヘイル”に戻るのが大変なのではないか?」という不安を抱いたようで、BIFFでも質問が飛んだ。彼は冗談を交えながら「作品を撮り終わり、プロモーション活動も終了すると、憂鬱に襲われます。これは『別れる決心』のためなのか?(パンデミックの影響で同時期に公開された)『ハンサン ―龍の出現―』(3月17日公開)のためなのか…?(笑)はっきりしているのは、作品のエネルギーのために余韻が長く続くのだと思います。『別れる決心』とヘジュンから抜け出せているかと問われたら、そうではないですね」と答えていた。やはり俳優本人にとっても、忘れがたいキャラクターだったようだ。
清潔感と色気が魅力の秘訣。ファンと映画人から愛されるパク・ヘイル
チャン・ヘジュンというキャラクターの難しいところは、真面目すぎてはいけないということだ。妻帯者であり、穏やかな性格の刑事だが、どこか危うげでなければ、ソレがなすすべなく惹かれることは無い。パク・チャヌク監督は「ある人は『恋愛の目的』(05)で執着心の強い情けない人で、またある人は『初恋のアルバム 人魚姫のいた島』(04)でのロマンチックで純粋な姿という、また違ったようにイメージしているだろう。私が持つ俳優パク・ヘイルの印象は、“澄んだ魂の所有者”、“何も隠すことがない人”、“若者”そして“少し老人”だった」と明かした。つまり、パク・ヘイルが併せ持つ正反対の要素が、清廉さと色気を持つヘジュンという人物に重要だったのだ。パク・ヘイルはいわゆる“イケメン”とは若干異なる顔立ちだが、異様な熱気を持つ、しかも息の長いファンダムがある。また、パク・ヘイルを理想の男性に挙げる芸能人も多い。映画好き女子たちのアイコンとして憧れを一身に浴びながらも、無名の頃から愛を育んだ女性と早々に家庭を持って以降、一度も恋愛沙汰などないクリーンさ。にもかかわらず、佇まいからあふれ出る独特のセンシュアルな魅力。パク・チャヌク監督が真っ先に彼を思い浮かべたのも頷ける。
「キャスティングが先だったのだから、クリエイターはシナリオを読むとき俳優の特性を上手く取り入れているのではないかと思った」というパク・ヘイルの信頼通り、『別れる決心』にはパク・ヘイル本人の持つ素質—ユーモアがあり、チャーミングで、それでいて奥ゆかしいという、監督が考えた彼の魅力を生かすシーンが作品にちりばめられている。
こうしたエピソードに、ポン・ジュノ監督による“石鹸の匂いがする変態”という秀逸な表現を思い出す。ブラックな比喩であるものの、清潔感と危うさが同居しているパク・ヘイルのニュアンスをよく伝えてくれている。『殺人の追憶』(03)で、猟奇的な殺人者の最有力容疑者ヒョンギュとして顔がスクリーンに映されたとき、目撃証言の“手が女性のようにきれいで柔らかい男”という設定が見ずとも納得できるルックスと、しかしどことなく影を帯びた佇まいを持つ青年だったので、ポン・ジュノ監督の目利きに驚かされたものだ。ヒョンギュが犯人である証拠は出ることなく、未解決のまま映画は終幕するが、その虚無感の中に、パク・ヘイル独特の切れ長の眼差しが彩る顔立ちが強烈に焼き付いている。