『エブエブ』はなぜここまでの大躍進を遂げた?A24が問いかけるテーマとキャスト陣の固い結束

コラム

『エブエブ』はなぜここまでの大躍進を遂げた?A24が問いかけるテーマとキャスト陣の固い結束

2022年3月に北米で公開された『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(公開中)は、世界興行収入が1億ドルを超え、賞レースシーズンの秋冬に公開される映画たちに混じって、「第95回アカデミー賞」のトップランナーとして走り続けている。ランドリーを経営する中国系移民の物語がここまで大きなヒットになったのは、様々な理由が複合された結果だ。

国税庁の監査官にしぼられていると、突然“マルチバース"を舞台にした戦いが幕を開ける
国税庁の監査官にしぼられていると、突然“マルチバース"を舞台にした戦いが幕を開ける[c]2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

まずは、言葉だけが一人歩きしているような“マルチバース"をビジュアルで簡潔に見せたこと。主人公のエヴリン・ワン(ミシェル・ヨー)は、IRS(アメリカ合衆国内国歳入庁=国税庁)の監査官(ジェイミー・リー・カーティス)にしぼられている間に、夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)に誘われ、異なるユニバースへ飛躍するバースジャンプを試みる。エヴリンのパブリック・イメージは、ランドリーサービスを切り盛りする平凡な中国系移民の中年女性。でも彼女のなかには、人間、女性、妻、母などのアイデンティティと、違う未来では就いていたかもしれない様々な職種など、異なるユニバースが存在している。彼女は鉄板焼きレストランのシェフやアクション女優、さらには地平線を眺める石になりながら、最近の彼女を蝕む問題を解きほどしていく。監督デュオ“ダニエルズ"のダニエル・シャイナートダニエル・クワンは、彼らを作り上げた映画、漫画、ゲーム、文学、哲学など様々なものを1本の映画に全て入れてシャッフルし、「人間は誰でも多面的で複雑な存在である」という真理を導き出した。それも、圧倒的に楽しいスペクタクル映画として。

夫のウェイモンドは、80年代にアイドル子役として一世を風靡したキー・ホイ・クァンが演じる
夫のウェイモンドは、80年代にアイドル子役として一世を風靡したキー・ホイ・クァンが演じる[c]2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

アメリカにおけるアジア系移民の物語は、オールアジアキャストで作られた初のハリウッド映画『クレイジー・リッチ!』(18)が画期的な大ヒットを記録し、以降は主にA24が手がける作品が注目を集めるようになった。中国で生まれアメリカで育ったルル・ワン監督の『フェアウェル』(19)は、2019年のサンダンス映画祭でA24によって高額で買い付けられ、A24×プランB製作で韓国系移民のアメリカ移住を描く『ミナリ』(20)は、おばあちゃんを演じたユン・ヨジョンがアジア系女優として初めてアカデミー賞助演女優賞を受賞した。そして今年のサンダンス映画祭とベルリン国際映画祭でプレミアが行われた『Past Lives』(23)は、早くも2023年の最注目作として話題を集めている。『エブリシング〜』は、気鋭の映画スタジオA24が映画を通して問いかけるテーマに、真っ向から臨む作品だ。これらのA24作品に共通するのは、局地的なテーマを幅広い観客に向けて広げていること。エヴリンとウェイモンドの軋轢も、Z世代の娘ジョイ(ステファニー・スー)が抱える葛藤も、移民由来に限らずすべての家族に通じる物語として描いている。

娯楽に満ちたスペクタクル映画でありながら、A24が問いかけるテーマに真っ向から臨んでいる
娯楽に満ちたスペクタクル映画でありながら、A24が問いかけるテーマに真っ向から臨んでいる[c]2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.


『クレイジー・リッチ!』ではシンガポールの有閑マダムを演じたミシェル・ヨーが、主人公のエヴリン・ワンを演じている。そのミシェル・ヨーこそが、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』である。賞レース終盤のキャンペーンコピー「Everything Has Led to This(すべてはここに向かって)」は、映画のテーマとアワード・キャンペーンのゴールをかけたすばらしいコピー。

賞レース終盤から掲げられたキャンペーンコピーは、「Everything Has Led to This(すべてはここに向かって)」
賞レース終盤から掲げられたキャンペーンコピーは、「Everything Has Led to This(すべてはここに向かって)」写真はJamie Lee Curtis(@JamieLeeCurtis)公式Facebookのスクリーンショット

ミシェル・ヨーは、今年1月の第80回ゴールデングローブ賞観客賞コメディ&ミュージカル部門主演女優賞を受賞した際のスピーチで、「とても平凡なアジア系移民女性の、妻で、娘であるエヴリンがIRSと格闘する物語を作ろうとしたダニエルズの勇気に感謝します。私だけでなく、多くの女性がエヴリンに共感しました。それは、彼女がどんなユニバースにいようが、愛のために、家族のために闘い続けていたからです」と語っている。このスピーチの途中に終了を促す音楽が流れ、「止めてちょうだい!やっつけることもできるんだから、本気よ!」と笑いながら喝を入れたのも、ミシェル・ヨーが40年間の俳優人生で闘い続け、ようやく手にすることができた“声”のようだった。

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