『エブエブ』はなぜここまでの大躍進を遂げた?A24が問いかけるテーマとキャスト陣の固い結束
中国系マレー人のミシェル・ヨーは、マレーシアのイポー生まれ。香港映画やハリウッド映画に出演し、『トゥモロー・ネバー・ダイ』(97)ではボンドガールを務めている。アン・リー監督の『グリーン・デスティニー』(00)は世界的に大ヒットし、『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』(14)ではミャンマーの非暴力民主化運動を指揮した活動家、アウンサンスーチーを演じた。プライベートでは、夫で国際自動車連盟(FIA)会長のジャン・トッドと共にフィランソロピー活動を行い、母国マレーシアで民間人に贈られる最高位のタンスリの称号を授与されている。
そして、ミシェル・ヨーを中心とした“エブエブ・ファミリー”の固い結束も、長い映画賞シーズンを通じて暖かい感動を生んでいる。前述のゴールデングローブ賞で、ミシェル・ヨーが主演女優賞を受賞した際のジェイミー・リー・カーティスの歓喜の雄叫びはバイラルになり、2月26日に行われた全米映画俳優組合賞(SAG賞)で映画部門助演女優賞を受賞した際には、ミシェル・ヨーと歓喜のキスを交わす姿が写されていた。受賞スピーチでも、カーティスが「ミシェル!」と言うと、会場を埋めるノミニーたちが「ヨー!」と返すコール&レスポンスを実施。自分の受賞スピーチで共演者を讃えるカーティスの嬉しそうな姿から、この映画がキャスト、スタッフにとってどれほど大切な作品なのかが伺い知れる。
ジェイミー・リー・カーティスは、長いキャリアで様々な白人女性役を演じると共に、取り上げられることが少ない女性たちのキャリア構築の手助けをしてきた。2015年に「TIME」誌の記事で、“こんまり”こと近藤麻理恵を「現代のメリー・ポピンズ」としてアメリカで最初に紹介したのもカーティスだった。SAG賞のスピーチでも、ミシェル・ヨーの相手役だと知りオファーに即答したと語り、アジア系が大多数のエブエブ・ファミリーの中で“ゴッドマザー”のような存在感を醸し出している。
最近公開された米「W」誌のジェニファー・クーリッジのグラビアは、ダニエルズによるプロデュース。彼らが好きな戦隊ものや特撮から影響を受け、『エブリシング〜』のコスチューム・デザイナーのシャーリー・クラタが手がけた奇抜な衣装を着たクーリッジが、『エブリシング〜』の舞台となったシミバレーで大暴れする。ちなみに、クーリッジとダニエルズはボストンのエマーソン大学の同窓生というつながりがあり、この撮影の舞台裏を収めた写真を、ダニエル・クワンがインスタグラムに投稿している。
彼らの撮影風景の楽しそうな姿を垣間見ただけで、『エブリシング〜』がどんな環境で作られ、参加したキャストとスタッフが心から楽しみ誇りに思うような体験をしたのかが伝わってくる。ニュースや世論では分断や格差、人種差別など日々辛い状況が語られているが、人間ひとりひとりが抱える複雑なマルチバースを理解し、認め合おうというこの映画のメッセージは、パンデミックで孤独を味わっていた多くの人々に救いと希望を与えたに違いない。だから、映画を観ている最中は笑い、興奮し、存分に楽しんだ上でエンドロールに流れるデイヴィッド・バーンとミツキ(Mitski)をフィーチャーしたSon Luxの楽曲「This is a Life」に涙する。「これが人生/運命から自由になろう/私たちが蒔いたもの、見せているものだけでなく」という歌詞に、この映画の“エブリシング”が込められている。
文/平井伊都子