演技巧者が集結した歴史スペクタクル『ハンサン ―龍の出現―』が描く“義と不義の戦い”|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
演技巧者が集結した歴史スペクタクル『ハンサン ―龍の出現―』が描く“義と不義の戦い”

コラム

演技巧者が集結した歴史スペクタクル『ハンサン ―龍の出現―』が描く“義と不義の戦い”

朝鮮水軍の代表的人物イ・スンシンは、韓国国民に心から誇りにされている。韓国映画界の代名詞となっている「忠武路」の名は、イ・スンシンの生家の推定地にほど近く、光復後に生前の功績を称え諡号として贈られた「忠武公」を由来に変更されたものだ。ソウルや釜山へ行ったことがあるならば、光化門広場に屹立する姿や、釜山タワーのふもとから港を見下ろす銅像を、一度は目にしたことがあるだろう。その羨望は、韓国のみにとどまらない。司馬遼太郎は韓国を訪れた紀行集で、イ・スンシンの逸話に触れ「謙虚さと政治手腕というのは尋常なものではない」と称賛している。

【写真を見る】若き水軍の将として、知性と苦悩を表現したパク・ヘイルの李舜臣
【写真を見る】若き水軍の将として、知性と苦悩を表現したパク・ヘイルの李舜臣[c]Everett Collection/AFLO

キム・ハンミン監督も、そんなイ・スンシンに心を掴まれた映画人だ。彼が生まれた順天には、イ・スンシンが奉られた忠武祠がある。キム・ハンミン監督は、幼い頃からこの肖像画に強烈な思いを抱いていた。将軍が困難な日々を記した乱中日記は「憂鬱な時も眠れない時も、読むと慰めになる」とバイブルになっていると明かす。

そのイ・スンシンが12隻の軍船で日本軍330隻を撃退した鳴梁海戦を扱い、観客動員1700万人という記録を持つ『バトル・オーシャン 海上決戦』(14)は、熱心なイ・スンシンフォロワーのキム・ハンミン監督だからこそ完成できた驚異的スケールの映画だった。その前日譚、閑山島付近における日本軍との決戦を描いた『ハンサン ―龍の出現―』が、3月17日、ついに公開となる。

閑山島付近における日本軍との決戦を描いた『ハンサン ―龍の出現―』
閑山島付近における日本軍との決戦を描いた『ハンサン ―龍の出現―』[c]2022 LOTTE ENTERTAINMENT & BIGSTONE PICTURES CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED.

今度のイ・スンシンは“智将”。パク・ヘイルをキャスティングした理由とは

本作の予備知識として、当時の朝鮮について見ておこう。日本で天下統一を果たした豊臣秀吉は、さらに権力を強化させるべく、明国の支配を視野に入れていた。その足がかりに朝鮮を手中に収めようと、出兵に踏み切る。まず陸では、光教山の戦いで脇坂安治がたった2000人以下の軍勢で5万人の朝鮮勤王軍を蹴散らすなど大勝利を収めた。脇坂は秀吉と柴田勝家の間で起きた賤ヶ岳の戦いで輝かしい戦績を上げた「賤ヶ岳の七本槍」と称えられる猛将として、同じ七人衆の加藤嘉明らと半島へ送り出されていた。一方の朝鮮水軍には、海軍大将にあたる水使が各所で指揮にあたり、慶尚右道をウォン・ギュン、全羅左道はイ・スンシンが管轄していた。ウォン・ギュン率いる朝鮮水軍は釜山浦にて日本水軍と交戦するも、壊滅的打撃を受けてしまう。戦略の問題と、また性格も合わなかったイ・スンシンは合流を拒むが、信頼する全羅右水使イ・オッキとのちに参戦。続く泗川浦海戦では、新兵器・亀甲船を活躍させ勝利した。

光教山の戦いで、たった2000人以下の軍勢で5万人の朝鮮勤王軍を蹴散らすなど大勝利を収めた脇坂安治(ピョン・ヨハン)
光教山の戦いで、たった2000人以下の軍勢で5万人の朝鮮勤王軍を蹴散らすなど大勝利を収めた脇坂安治(ピョン・ヨハン)[c]2022 LOTTE ENTERTAINMENT & BIGSTONE PICTURES CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED.

映画は、日本の敗残兵たちが亀甲船の脅威を脇坂安治(ピョン・ヨハン)に伝える釜山浦陣営でのシーンから始まる。その後、脇坂は漢城(現在のソウル)を根拠地としていた黒田官兵衛(ユン・ジェムン)に朝鮮征服の手ごたえを口にし、ある野望を抱いて加藤嘉明(キム・ソンギュン)らと合流する。イ・スンシン(パク・ヘイル)は、全羅道の朝鮮陣営に集結した将軍たちや水軍節度使(海軍中将)らと作戦会議に臨むが、ウォン・ギュン(ソン・ヒョンジュ)は語気を荒げて守りの姿勢を主張。脇坂が水軍のリーダーのため、皆怖じけづいていたのだった。やがて、都落ちした国王宣祖が明へ亡命するのではないかという疑惑が持ち上がると、さらに士気は下がってしまう。海上で脇坂とぶつかる決断をするイ・スンシンだったが、妙案は浮かばない。

李舜臣の陣営で作戦会議が行われるも、脇坂の勢いに士気が下がりつつあった
李舜臣の陣営で作戦会議が行われるも、脇坂の勢いに士気が下がりつつあった[c]Everett Collection/AFLO

イ・スンシン三部作を目指しているキム・ハンミン監督は、それぞれをタイプ別にしている。『バトル・オーシャン 海上決戦』のチェ・ミンシクは勇将(勇敢な将軍)、次の完結編とされている『露梁:死の海(原題)』のキム・ユンソクは玄将(賢明な将軍)、そして「守りでもなく、攻めでもない」戦術に苦悩するハンサン海戦では、鶴が羽を広げて舞うダイナミックな陣形で敵を囲い込む「鶴翼の陣」、隠し兵器の亀甲船といった智将としての面貌と、過去作より若い姿を見せる必要があった。その時、監督のデビュー作『極楽島殺人事件』(07)と『神弓 KAMIYUMI』(11)で共に仕事をしたパク・ヘイルを想起した。オファーを受けたパク・ヘイルは「私は将軍らしい目つきに見えるだろうか?」と疑ったが、監督の「優しさの中に強さがあり、芯が眼差しにはっきり表れていて、イ・スンシンにぴったりだ。あなたの姿が必要だ」とラブコールに応えたという。たしかに酸いも甘いも嚙み分けた感のあるチェ・ミンシク扮する『バトル・オーシャン 海上決戦』の力強いイ・スンシンをイメージすると繊細かもしれないが、本作のように陣営に集まる将軍たちをまとめながら、共に成長していくリーダーとしては、むしろ適役であったと感じる。

歴史で伝えられている知略家としての李舜臣と、ノーブルな雰囲気のパク・ヘイルが見事に重なった
歴史で伝えられている知略家としての李舜臣と、ノーブルな雰囲気のパク・ヘイルが見事に重なった[c]Everett Collection/AFLO

エネルギッシュな猛将、頼れる水先案内人…多彩なキャラクターが俳優の力演で魅力を放つ

対するヒール役にも、細部にこだわる演出と俳優の力で命が吹き込まれた。冷静沈着なイ・スンシンに対し、野心家の脇坂安治をピョン・ヨハンがエネルギッシュに演じた。妖しげな面具で醸し出す外連味も、これまでのビジュアルとは違って目を奪われる。あらゆるジャンル、キャラクターを縦横にこなしてきた彼だからこそ、敵ながら強く惹きつけられるオーラを纏っているのだろう。

本作では悪役でありながらも、その勇猛さに引き込まれるものがある脇坂安治
本作では悪役でありながらも、その勇猛さに引き込まれるものがある脇坂安治[c]Everett Collection/AFLO

魅力的なのは主役だけではない。全羅右水使イ・オッキは、朝鮮水軍の現況を冷静に見つめつつ、先輩であるイ・スンシンを支持するメンターでもある。演じたコン・ミョンは、過去には『エクストリーム・ジョブ』(19)の新米刑事役も務めた。麻薬捜査グループの末っ子らしいフレッシュな顔を覚えている観客もいるかもしれないが、本作では一転、落ち着いた若き将として役の幅を広げている。

『エクストリーム・ジョブ』(19)のフレッシュな新米刑事だったコン・ミョンが、本作では落ち着いた若き将として役の幅を広げた
『エクストリーム・ジョブ』(19)のフレッシュな新米刑事だったコン・ミョンが、本作では落ち着いた若き将として役の幅を広げた[c]2022 LOTTE ENTERTAINMENT & BIGSTONE PICTURES CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED.

海を知り尽くした光陽県監(地方行政官の長で、市長にあたる)オ・ヨンダムは、水使に比べれば下級ではあるが、知識と人柄にはイ・スンシンも一目置く人物で、“国民の俳優”アン・ソンギが円熟味たっぷりに演じたことによりこれ以上ない重みを持つキャラクターとなった。

海を知り尽くしたベテランとして、李舜臣ら朝鮮水軍を支えるオ・ヨンダム(アン・ソンギ)
海を知り尽くしたベテランとして、李舜臣ら朝鮮水軍を支えるオ・ヨンダム(アン・ソンギ)[c]Everett Collection/AFLO

彼と良いコンビなのが、ウォン・ギュン率いる慶尚右水営の所属だが、イ・スンシンと縁が深いイ・ウンリョン。ヨンダムとは師弟ながら、年上の彼に注進を恐れず、時に軽口も叩けるほどの絆を結んだ将軍だ。『殺人鬼から逃げる夜』(21)での妹思いの勇敢な警備員役が印象的だったパク・フンが演じ、精悍な表情を見せている。

オ・ヨンダムと良いコンビであり、イ・スンシンと縁が深いイ・ウンリョンを演じたパク・フン
オ・ヨンダムと良いコンビであり、イ・スンシンと縁が深いイ・ウンリョンを演じたパク・フン[c]2022 LOTTE ENTERTAINMENT & BIGSTONE PICTURES CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED.

キム・ハンミン監督は分かりやすいヒーローばかりでなく、彼らの陰に隠れた者をこそ誇り高く描く。本作は前作よりもキャラクターを絞ったことにより、一人一人の劇が際立ち、スクリーンの上で弾む。

遊撃将ナ・デヨンを演じたパク・ジファンは、『犯罪都市』シリーズで演じたイス派のボス、チョン・イスのキャラクターで親しまれている。小人物ぶりが憎めない愛されキャラを巧みに演じた彼が、本作では亀甲船の設計に携わる軍官として凜々しく変身する。職業倫理に貫かれた気高さは、登場人物の中で最も忘れ難い。

李舜臣将軍と共に主要な海戦に出陣した遊撃将ナ・デヨン(パク・ジファン)
李舜臣将軍と共に主要な海戦に出陣した遊撃将ナ・デヨン(パク・ジファン)[c]Everett Collection/AFLO

劇中、オク・テギョン扮する間諜ジュニョンが、危険を冒しつつ脇坂が海戦に臨む気構えであることを察知する活躍を見せていたが、日韓の陣営に潜伏する彼らスパイたちの演技にも注目したい。脇坂ら日本の将軍たちをもてなす妓生の一人で、朝鮮軍の間諜でもあるキム・ヒャンギは、芸歴の長さに加え、深くシンクロする役作りに定評がある。撮影現場ではピョン・ヨハンから敬意を込めて“キム先生”と呼ばれていたそうだ。ジュニョンとボルムは、キム・ハンミン監督によるイ・スンシンサーガでは印象的な役回りなので、ぜひ覚えておきたい。

妓生として正体を隠した間者チョン・ボルムを完璧にこなしたキム・ヒャンギ
妓生として正体を隠した間者チョン・ボルムを完璧にこなしたキム・ヒャンギ[c]Everett Collection/AFLO

この時期、様々な理由で日本から朝鮮軍へ投降する兵士「降倭」も少なくなかった。劇中に登場する降倭の俊沙は、朝鮮軍の拷問を受けながらもイ・スンシンを面罵する気勢の持ち主だが、実は臣下を捨てて逃げ延びていった自軍の大将に絶望していた。イ・スンシンは、俊沙の「この戦いは何のためか」という問いかけに「義と不義の戦い」と答える。気骨ある二人の魂が呼応するように、俊沙は間者として将軍を助けていく。演じたキム・ソンギュは、極悪アウトローや殺人鬼を怪演しマ・ドンソクと対決するなど、迫力ある存在感を持つ俳優だ。本作では、揺るぎない信念に突き動かされる高潔な志士の姿で精彩を放っている。

頼もしいリーダーである李舜臣に感銘を受け、投降した日本兵ジュンサ(キム・ソンギュ)
頼もしいリーダーである李舜臣に感銘を受け、投降した日本兵ジュンサ(キム・ソンギュ)[c]2022 LOTTE ENTERTAINMENT & BIGSTONE PICTURES CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED.

日本の将軍加藤嘉明には、演技のセンスが抜群のキム・ソンギュン。脇坂安治と合流して朝鮮征服を目論むも、何やら腹に一物を抱えているいわくありげな表情は、主演も任せられる屈指のバイプレイヤーの面目躍如といったところだ。

野望を抱く脇坂と激しく対立する加藤嘉明(キム・ソンギュン)
野望を抱く脇坂と激しく対立する加藤嘉明(キム・ソンギュン)[c]2022 LOTTE ENTERTAINMENT & BIGSTONE PICTURES CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED.

イ・スンシンと対立する右水使ウォン・ギュン役には、ベテラン俳優ソン・ヒョンジュ。気性ばかり荒いせせこましい拙将として、リアリティ溢れる立ち居振る舞いが素晴らしい。

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