是枝裕和監督と坂元裕二の特別講義をフルボリュームでレポート。『怪物』が生まれた経緯から脚本の構造、解釈までを語り尽くす
6月10日に早稲田大学で開講された「マスターズ・オブ・シネマ」に、第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞と「クィア・パルム賞」に輝いた『怪物』(公開中)の是枝裕和監督と脚本家の坂元裕二が登壇。講義に出席した約350名の学生を前に、本作が生まれた経緯から撮影時のエピソード、ラストシーンの解釈に至るまで、2時間近くにわたって語り尽くした。そのトークの模様をフルボリュームでお届けしていこう。
是枝監督と坂元が初タッグを組み、世界的作曲家として活躍した坂本龍一が音楽を務めた『怪物』。大きな湖のある郊外の町を舞台に、小学校で起きた子ども同士の些細なケンカが次第に社会やメディアを巻き込む事態へと発展していく様が、息子を愛するシングルマザー、生徒想いの教師、無邪気な子どもたちそれぞれの視点から描かれていく。6月2日に日本公開を迎えるや、週末3日間で興行収入3億円を超えるヒットを記録している。
※本記事は、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。未見の方はご注意ください。
「“書くこと”は、登場人物たちと同じ時間を過ごしながら一緒に考えていくこと」(坂元裕二)
坂元裕二(以下、坂元)「2018年に、東宝の川村元気さんと山田兼司さんから映画の開発をしようと言われたことが始まりでした。これを言うと川村さんは『違う』とおっしゃるんですが、『坂元さんは連続ドラマの脚本家だから、その良さを出してほしい』と言われたと記憶しています」
(来場していた川村プロデューサーより「45分くらいの尺感で走り切って、それが3本立てになったらどんな映画になるんだろうというお話をしました」との補足が入る)
坂元「僕自身、少し映画の仕事もしておりますが、基本は連続ドラマの脚本家です。連続ドラマには、来週はどうなるんだろうかという期待と不安を持ちながら1週間待つ“クリフハンガー”と呼ばれるものがあります。次どうなるんだろうと、なにかが変わっていく瞬間が何度も生まれる。そんな映画を作りましょうということと受け止めました。
驚かれることも多いのですが、普段は連ドラの撮影が始まる時点でできている脚本は3話分ぐらいなんです。4話目を書いているあたりで顔合わせや本読みがあって、実際に俳優さんのお芝居を目の当たりにして、そこから徐々に自分のなかで登場人物や作品の世界観が実体化していく。さらにオンエアーを観た人からの意見もフィードバックしながら書いていくという作業を、僕は35年間続けてきました。
ですので、打ち合わせなどで監督から意見は聞くけれど、どんな作品になるのか見えないなかで書き続ける映画というものはかなり未知なものです。私自身にとって、“書くこと”は、なにか答えが見つかったからそれについて書くのではなく、なにが問題なのかを登場人物たちと同じ時間を過ごしながら一緒に考えていくことです。映画の場合、その問いにある程度の答えを想定しないと書きづらいイメージがありました。是枝監督は撮りながら脚本を作られていくと聞いていましたので、そういう方法もあるかとは思うのですが、今回はラストを見据えなきゃいけず、それがとても大きな課題となっていました。
正直に告白すると、脚本を書いている時から是枝監督の名前が頭に浮かんでいました。2017年に大隈講堂で対談(※早稲田大学演劇博物館で開催された展覧会「テレビの見る夢 – 大テレビドラマ博覧会」での「坂元裕二×是枝裕和トークショー〜ドラマの神様は細部に宿る〜」)でお話しした後、なにか一度脚本を持って行ってみようかなという気持ちがありました。そのタイミングで『怪物』の企画が始まり、川村さんと山田さんと監督を誰にお願いするか話している時に、きっと僕から是枝さんの名前がこぼれでたのかと」
是枝裕和(以下、是枝)「川村さんからメールが来たのは2018年の12月18日でした。坂元裕二さんと映画の企画を開発していて、プロットができたので読んでもらえないかと。プロットを読む前に、僕は『やろう!』と決めていました。2000年以降、坂元さんのドラマを観るたびに自分が関心を持っていたモチーフが含まれていて、同じ時代に同じものが引っかかっている作り手が近くにいるとずっと意識してきました。2017年の対談の時も、8割くらい僕が質問を投げかけて、ほとんど一方的なファンレターみたいになっていましたね(笑)」
坂元「あの時はイベントの下準備で是枝監督の映画を全部観ていたんですが、ほぼ僕の話で終わってしまって…(苦笑)。僕が一番びっくりしたのは、『さよならぼくたちのようちえん』という作品を作った2011年に、是枝監督が『奇跡』を作られていたことです。どちらも子どもたちが子どもたちだけで旅をする話で、社会的な問題ではなく、僕のなかでこれが必要だと思って作ったものだった。是枝監督も同じことを思ったのだとうれしかったです」