是枝裕和監督と坂元裕二の特別講義をフルボリュームでレポート。『怪物』が生まれた経緯から脚本の構造、解釈までを語り尽くす
「黒川想矢くんと柊木陽太くん以外では考えられない。特別な2人です」(是枝裕和)
是枝「プロットを渡されて台本になった段階か、もうちょっと前か。最初にこの『怪物』は坂元さんの作品のなかでどの系譜に連なるものだろうかと考えました。『それでも、生きていく』もそうですけど、僕のなかではきっと『わたしたちの教科書』かもしれないと思い、見直してみました。あの作品にも秘密基地が出てきますよね。そして『世界は変えることができますか?』という問いが重要なものとして出てきます。
この映画にはその台詞はないけれど、多分そういう問いかけがあの2人を通して投げかけられているのだと考えました。なので、台詞にするわけではないけれど脚本の1ページ目を開いたところに『世界は生まれ変われるか』という一行を加えさせてもらいました。その一言を、作り手である自分に常に問いかけながら作ろうというのが、この脚本を受け止めてどう関わるかという僕のスタンスの一歩目でした。
また、いつもは自分で脚本を書いているので、オーディションで会った子どもたちのキャラクターを役に寄せて、なるべくその子が無理のないかたちで役になれるようにするんです。本人の言葉で、台本を渡さずにしゃべってもらう。でも今回はそれをしないほうがいいと考え、黒川想矢くんなら湊という役を、柊木陽太くんとなら依里という役を、それぞれ一緒に作っていく。通常大人の俳優さんたちとやるやり方を採用しました。
同時にプロットをいただいた段階で、ちゃんと勉強をしなければいけないとも感じていました。具体的には保健の先生に来ていただいて、体の変化などについて保健体育の授業をやってもらったり、LGBTQの子どもたちの居場所を作るサポートしている団体の方々に来ていただき、性自認についてのレクチャーをしてもらいました。また現場ではインティマシーコーディネーターの方に立ち会っていただき、子どもたちにどのような心理的負荷がかかるのかを確かめながら進めていきました。役を演じる時も演じていない時間も、子どもたちがどんな感情的なストレスを抱えているのかを観察していき、地方ロケで大変だったと思いますがなんとか無事に撮影を終えられたと思っています。
湊役の黒川くんと、依里役の柊木くんは、オーディションの時にクラスメイト役も含めて色々試しながらやっていったのですが、最終的にこの2人以外では考えられないと、立ち会ったスタッフ全員の共通意見としてありました。まさに特別な2人です。普段のオーディションは、台本を渡さずに口で台詞を伝えて耳がどれだけ使えるかを見るのですが、今回は台本を渡して事前に読んできてもらうことも試しました。黒川くんと柊木くんは、圧倒的に読んできた方が上手で、それも決め手のひとつになりました。
オーディションでこんなことがありました。あるシーンを演じてもらってから1か月くらい経ち、もう一度オーディションに来てもらったんです。そこで事前に告知せずに、前にやったシーンを演じてもらったんです。柊木くんは、ほぼ完璧に覚えていました。『いつもそんなふうに覚えてるの?』と訊いたら、どうやら彼は台本をもらった頭のなかで写真を撮って覚えてしまうんです。それを頭のなかで引っ張り出してきている、ある種の特殊な能力を持っている子だったんです。でも『すぐ忘れちゃう台本もありますねー』って(笑)」
坂元「出来上がってから気付いたことがあって、第3章の話は自分の子ども時代の友だちのことを思い返しながら書いたんです。その子との関係や、秘密基地を作ったり、学校で話せなかったり、自分が黒川くんの役になったような気になりながら映画を観ていました。完成披露で柊木くんに会った時、彼は僕の記憶のなかにいるその友だちと同じ顔をしたんです。この子だったんだ、と。同じ子なんじゃないかと思うぐらい不思議な感情が動いて、本当にびっくりさせられました」