映画監督は自身のイメージからどう逃げるか?『#ミトヤマネ』宮崎大祐監督が企てるカウンターと最適化【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】 - 3ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
映画監督は自身のイメージからどう逃げるか?『#ミトヤマネ』宮崎大祐監督が企てるカウンターと最適化【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

映画監督は自身のイメージからどう逃げるか?『#ミトヤマネ』宮崎大祐監督が企てるカウンターと最適化【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

「もはや実際に撮る必要のあることって、もうほぼないんだなって思っちゃって」(宮崎)

――映画の未来という視点からも、『#ミトヤマネ』は非常に示唆的な作品でもありますよね。現在起こっているハリウッドのストライキでは、脚本や役者のAI化の阻止というのが大きな目的の一つになってるわけですけど、『#ミトヤマネ』では山根ミト(玉城ティナ)のビジュアルイメージが世界中に勝手に拡散していって大きな問題を引き起こすことになる。劇中ではディープラーニングという言葉が使われてますが、現在最もホットなトピックを見事に先駆けて捉えているとも言える。

宮崎「『VIDEOPHOBIA』で自分のプライベートな動画が世界に流出しちゃうというテーマを扱ったので、自分の中ではその延長上でもあって」

『VIDEOPHOBIA』の延長線にもある”動画の流出”というテーマ性
『VIDEOPHOBIA』の延長線にもある”動画の流出”というテーマ性撮影/黒羽政士

――確かに。映画でメディア論をやるというのは、宮崎監督の作品の大きなラインの一つですね。

宮崎「ディープラーニングに関しては(スティーヴン・)スピルバーグの作品(『レディ・プレイヤー1』)に三船敏郎のイメージが出てきたじゃないですか。あれは親族の許可を得ていたらしいですけど、あの時点でやばい時代が始まったなって思っていて。(クリント・)イーストウッドのデータがもう回収されてるみたいな噂もあって、ずっと関心があったんですよ」

――おっしゃるように、言葉が違うだけで、映画のAI化って別にいまに始まったことじゃ全然ないですよね。

宮崎「そうなんですよ。脚本や俳優の肖像のことがいま話題になってますけど、背景とかでは、もう自分の作品のような規模の現場でもとっくに始まってることなんで」

ソーシャルメディアの世界やアテンションエコノミーもモチーフにした『#ミトヤマネ』
ソーシャルメディアの世界やアテンションエコノミーもモチーフにした『#ミトヤマネ』[c]2023 映画「#ミトヤマネ」製作委員会

――『#ミトヤマネ』でも使ってる?

宮崎「はい。日本ってもともと醜い看板とかが街中にあって景色が貧しいじゃないですか。これまでは、その貧しさをそのまま撮ってやろうっていうか、いきなりカメラ持って街中に行っちゃうみたいなのが好きで、そのドキュメント感というか、その時代のその場所の記録みたいなものが好きだったんですけど。『#ミトヤマネ』はそれとはちょっと違うやり方が必要だなって思って、顔が映るところをエキストラの方に変えたりとか、あとからCGで町の看板を全部消したりとか、ポストプロダクションでかなり手を入れてます」

――日本の場合、街中での撮影はそうしないとクレームがくるという問題もありますよね?

宮崎「そうなんですよ。スクランブル交差点とかもすごい大変で、この看板が写ってるとすぐクレームが来るみたいな、そういう理由でどんどんどんどん消さなきゃいけなくて、もはやなにを撮ってんのかよくわかんなくなってくるという。最終的には、“スクランブル交差点っぽいイメージ”を撮ってるだけみたいなことになってしまう」

――そりゃあ新海誠みたいな写実的なアニメ―ション作品のニーズがあるわけですよね。あれが一番観ていて楽しいですから。

宮崎「いや、本当にそう思いますよ。ここまで加工しちゃうんだったら、もうパソコンで全部作っちゃっても変わらないなと思っちゃうようなシーンもありました。今回は作品のテーマ的にもそういう偽物っぽい、合成っぽい作品ではあったんで、それもアリだと思ってやりましたけど、日本で実写作品を撮るのは本当にそういう意味でも大変で」

――だって、デヴィッド・リーチの『ブレット・トレイン』とか、コロナ禍の撮影という事情はあったにせよ、日本にほぼ来ないで全編日本を舞台にして映画を作ってるわけじゃないですか(笑)。そんなことをやってるハリウッドが、いまさらテクノロジーを敵視してどうするという話でもあって。もちろん、脚本家や俳優の権利は守られてしかるべきですが。

伊坂幸太郎原作をブラッド・ピット主演で映画化した『ブレット・トレイン』(22)。東京発・京都行の超高速列車が舞台
伊坂幸太郎原作をブラッド・ピット主演で映画化した『ブレット・トレイン』(22)。東京発・京都行の超高速列車が舞台[c]Everett Collection / AFLO

宮崎「先週久しぶりにAdobeのソフトを開けたら、Photoshopでどんな小さな写真でもその横の風景を全部AIで伸ばせますっていう広告が出たんですよ。もはや実際に撮る必要のあることって、もうほぼないんだなって思っちゃって。そういう時代になんの映画を撮ったらいいんだ?って(笑)」

――もう10年以上前からデヴィッド・フィンチャーなんて8Kだか16Kとかのカメラで撮って、作品に使うフレームをそこから抜いてるわけじゃないですか。その時点でもう、我々がそれまでに観てきた映画とは違うものになっている。

宮崎「そうですよね。今後はフォーカスとかも後処理で付けられるようになるらしいんですよ。そうなると、もう映画作りってほぼアニメーション作品に近い作業になってきちゃうと思うんで。そういう時代に、僕みたいな『ファーストカットが最高!』『撮り直しちゃいけないんだ、映画は』みたいな風土から出てきた作り手は、どう映画を作っていくんだろうっていう、その頭の切り替えはいま後必要だなと思ってます」

『Mank/マンク』はREDの8Kモノクロカメラ"Monstrochrome"で撮影し、1930年代映画風に加工した
『Mank/マンク』はREDの8Kモノクロカメラ"Monstrochrome"で撮影し、1930年代映画風に加工した[c]Everett Collection / AFLO

――iPhoneのカメラのシネマティックモードとかも、「なにがシネマティックだよ!」ってつっこみたくなるんですけど、もはやビッグテックにとって映画はそういう抽象概念になっている。

宮崎「本当にそうですよね(笑)」

――最近のMCU作品なんてほぼほぼアニメーション作品を観ているようなものですからね。役者がどれだけそれまでのキャリアやプライドを投げ打って、グリーンバックの前で演技に没頭できるかを観客は眺めている。

宮崎「そういう作品がアニメーションとなにが違うのっていうことに意識的な人って、どれだけ日本にいるのかなっていう気もするんですけど。ただ、少なくとも僕の周りはここ数年の急激な変化にみんな結構騒いでますね。『どうしようどうしよう』って。一方で、このあいだ観た『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』に完全にやられてしまって。自分があの作品をこれだけ受け入れられたというのは、自分にとっても一つの転機だなと正直思っていて。これまでアニメ―ションずっと苦手だったんですけど」

「まだ40代前半で、すごく才能にあふれた映画監督としては、行く道は一つなんじゃないでしょうか」(宇野)

――1作目の時点ではそんなに?

宮崎「1作目の時は『すごいけど、これを認めちゃうと自分の仕事がなくなるんじゃないか』みたいな気持ちにもなったんですけど、今年の2作目は全面的に受け入れてしまって、もうこの方向に舵を切っていくしかないと思ってしまうくらい。具体的にどうこれからの自分の作品にフィードバックしていくかって話をできるところまではまだいってないんですけど」

――いや、だとしたら、その方向に踏み出すしかないですよ。現在60歳過ぎくらいの監督だったら、古き良き映画の守護神として振る舞うというのは、全然ありだと思うんですけど。まだ40代前半で、すごく才能にあふれた映画監督としては、行く道は一つなんじゃないでしょうか。だって、古き良きものを守ろうとしてる人はもういっぱいいるし、彼らはそれしかできないわけだから。今日のインタビューの前半では宮崎監督が個人的なターニングポイントにきてるって話になりましたけど、映画自体もまたターニングポイントにきてるわけで。

宮崎「本当にそうなんですね。だから、宇野さんの本(『ハリウッド映画の終焉』)も、おお、いまこそ書かれるべき本だって感じでしたし」

――ありがとうございます。自分が宮崎監督に期待するのは、『#ミトヤマネ』でかなり近づいたと思いますけど、もっとさらに破廉恥なことやっても全然いける気がしますね。やっぱり、ちょっとまだ恥ずかしがってるようなところも感じられたので(笑)。

宮崎「破廉恥ですか(苦笑)」

「もっとさらに破廉恥なことやっても全然いける気がしますね」
「もっとさらに破廉恥なことやっても全然いける気がしますね」撮影/黒羽政士

――いまって、世の中の人が求めているのって“伏線回収”みたいなことじゃないですか。宮崎監督のような方がそれをやるのが小っ恥ずかしいのはわかるんですけど、そういうのも必要なんだろうなって。伏線回収が好きな人たちにとっては、『#ミトヤマネ』のように回収されきれない作品は怖いと思うんですよ。その怖さもこの作品の良さだと思うんですけど。

宮崎「いや、わかります。僕は(M・ナイト)シャマランが大好きなんですけど、『シックスセンス』的なってことですよね?」

――シャマランの作品も最近はよくわかんないことになってますが(笑)。あるいは、ジョーダン・ピールぐらいハッタリかますとか。

宮崎「確かに、あれが出来たら一番いいですね。次のステップに向けて、牙を研いでおかないとと思ってます」

取材・文/宇野維正


宇野維正の「映画のことは監督に訊け」

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