『オクス駅お化け』で『リング』のスタッフを起用したミステリー・ピクチャーズ代表に聞く日韓のコラボレーションの未来
「映画産業のことを学ぶなかで、ミニシアターブームに沸いていた日本に興味を持ちました」
近年は、映画だけでなく、三池崇史監督が手掛けたディズニープラスの配信ドラマ「コネクト」のプロデューサーも務めるなど、日韓共同製作のさまざまな現場で活躍するウンギョン氏。1969年ソウル生まれの彼女と日本映画との関わりはどのようにして始まったのか。
「もともと私は映画監督志望でした。大学卒業後に韓国の映画界に入り、現場の記録を担当していました。でも、2本ぐらいやってみて、きちんと映画を学んだほうがいいと思い、大学院に入ったんです。でも監督志望の人を見ていると、自分はどちらかと言えばプロデューサー向きだと思い直しました。映画産業のことを学ぶなかで、ハリウッドよりもアジア、特に当時ミニシアターブームに沸いていた日本に興味を持って、卒業論文に“日本のミニシアター研究”を書きました。1年間日本語学校にも通い、その間に映画祭などがあると、通訳に駆り出されていましたね。そのうち、日本の映画監督や業界の関係者の方たちとも知り合いになって、90年代後半から日本の映画界と仕事をするようになったんです」。
2005年から08年は、角川映画(現KADOKAWA)の国際部に在籍。「結婚してたんですけど、夫には“3年間だけ日本で仕事してくる”と約束してきました。でも、私がすごい大荷物で出て行ったので、義父は“もう韓国には帰って来ない”と思ったそうです(笑)」と笑いながら明かしてくれた。
約束の3年後に帰国すると、2011年に自身の製作会社ZOA FILMSを設立し、韓国、日本の共同製作作品のプロデュースを始める。「傑作を作るのではなく、自分がなにを送りだしたいのかを確かめたかった」というウンギョン氏は、まずは日本の低予算映画製作を参考にして、Ⅴシネの韓国版を製作。
「日本人監督と日本のAV女優を起用し、オール韓国ロケで撮影期間1週間、製作費は1億ウォン(約1000万円)と決めて、4本撮りました。1本目が城定秀夫監督との『ラブ&ソウル』でコメディが成功したので、白石晃士監督との『ある優しき殺人者の記憶』でスリラーに挑戦するなど、ジャンルものを手掛けました。ビジネス的には損はしなかったんですけど、1週間で1本の映画を撮るというのは、スタッフの睡眠を削り、疲労困憊させて…これはもうやってはいけないことだと思った経験です」
「やれないって言うなら、自分で何とかして見せてやる!と思っている」
その後、シニアをターゲットに、韓国でも社会問題化していた認知症をテーマにした松井久子監督の『折り梅』(01)を韓国に輸入・配給。この『折り梅』をヒントにして、『お料理帖~息子に遺す記憶のレシピ~』(17)を製作し、同作は高い評価を得た。さらに中山美穂とキム・ジェウク主演の『蝶の眠り』(18)、吉本ばななの小説を映画化した『デッドエンドの思い出』(19)なども製作した。
日本と韓国、数々の共同作品を手掛けるなかで、「韓国に日本人監督や俳優を呼ぶなど一緒にやるのは大変じゃないのかと、必ず心配されるんです」と語る。「特に、現場を経験していない人ほど、『言葉はどうするんですか?』と聞いてくる。でも、現場では言葉の問題以上にもっと大変な問題があるし、いまは翻訳ソフトのクオリティーも上がってます。それに、意外と現場では海外の人と一緒に仕事ができることを素直に喜ぶ人も多いので、そんなに気にすることもない。私自身は、おもしろい作品が作れるなら、なんの障害にもならないと思っています。とにかく、難しいから諦めるという私じゃない。やれないって言うなら、自分でなんとかして見せてやる!と思っているので」と様々な困難も乗り越えてきたタフさを伺わせる。
実は、今回の『オクス駅お化け』はZOA FILMSで最後に関わった作品だったという。
「ZOA FILMSを試行錯誤しながら約10年間やってきましたが、基本ビジネス的にあまり成功できなかった。そんななかでやっぱり、自分が好きなジャンルものにまた挑戦してみたくなったんです。そして『オクス駅お化け』を完成させて海外マーケットに出したら、まだ公開もしていないのに、126か国に販売されたんです。しかも、国内での成績も良くて。やはり映画ビジネスを考えるならジャンルものをメインにしたほうがいいと考えました。それで、『オクス駅お化け』はすでに設立が決まっていたミステリー・ピクチャーズの1作目としてクレジットしました」
ミステリー、ホラー、スリラーといったジャンルの劇場、配信用の映画、ドラマの製作を目的にしたミステリー・ピクチャーズ。現在公開予定、また企画進行中の作品をあげてみよう。まずはキム・スイン監督の『毒親(原題)』。2023年8月に開催されたプチョン国際ファンタスティック映画祭でも注目されており、ちなみにスイン監督は『オクス駅お化け』の脚色を担当している。次はSABU監督が韓国で、韓国人キャストを使って撮影した大石圭原作の『アンダー・ユア・ベッド』。同作は韓国で12月に公開され、日本では来春以降の公開を目指している。そのほか、澤村伊智原作の「ぼぎわんが、来る」映画化、韓国の大ヒットウェブトゥーン原作の時代劇「殺生簿」の映画化とアニメ化を進めているなど、精力的に作品を作り続けている
「何本かは日本人監督を前提に進めていますが、なかには日本で映画を学んで、日本と韓国の映画の現場を経験している若い韓国人も結構いて、そういった若手を監督デビューさせることも考えています」とも語るウンギョン氏。日韓の映画界を熟知した彼女だからこそ、「日韓がひとつになれば、もっとおもしろいものが作れる」と日韓のコラボレーションに大きな期待を寄せる。ミステリー・ピクチャーズ設立からちょうど1年、『オクス駅お化け』を機に、今後どんな展開を見せていくのか、ますます期待がかかる。
取材・文/前田かおり