トラン・アン・ユンがTIFFで自身の映画哲学を語り尽くす!「官能的な感情を映画で表現したい」
日本の映画からの影響も?映画づくりで大事にしていることとは
「私が日本の映画監督で注目している作家は、橋口亮輔監督です。私と橋口監督、そして是枝裕和監督は同い年で、以前ロッテルダムで私たちそれぞれのデビュー作を上映する企画があり、お会いしたことがあります。是枝さんとは映画祭などで頻繁にお会いしますが、橋口さんとはそれ以降あまりコンタクトをとっていないんです。
今年生誕120周年を迎える小津安二郎監督の作品では、『秋日和』とカラー時代のすべての作品が好きです。特に『秋日和』には、とても訴えかけてくる感動があり、原節子さんの演技も含めて円熟味があふれている。ストーリーもとてもシンプルであり、私が大好きなタイプの特殊なユーモアが含まれていると思います。
小津監督の作品から受けた影響は、私の魂だけでなく映画のなかにも滲み出ているはずです。顔の表情の美しさ、人間の非常に不明瞭な感情が小津監督の作品には素晴らしく表現されています。こうした説明できないような曖昧な感情を、私も作品のなかに込めていこうと考えているのです。
また映画を作る上で、観てくださる方々の五感を目覚めさせたいという欲求が常にあります。私にとって映画とは、言葉でありアイデアであり、俳優という人間の身体性が体現するアートであると思っています。例えば肌のきめがスクリーンで雄弁に語る。それは料理も同じです。すべての行為や仕草、台所での動きが一体となり、観客の記憶にある香りや風味を呼び覚ます。それができるような精度の高い映像を作りだす必要があります。
映像の持つ躍動感を生み出すこと。それを観客に感じ取ってもらうことが大切で、それはどんなシンプルなシーンでも欠かせません。例えば今回の作品では、ドダンがウージェニーの姿が見えないと探すシーンがあります。そこに“彼女を探している”という情報だけでは足りません。様々な映画の手法を駆使して映画的な躍動を生みだす撮り方を考えなければなりませんでした。
そして、映画のなかで自然を表現するときには人生だけでなく、生命そのものが広がるような感覚を観客に感じてもらいたいとも思っています。私が子どもの頃から大事にしているのは、人間も自然も、地球にいるすべてのものは平等だという感覚なのです」
取材・文/久保田 和馬