是枝裕和監督「自分のスタイルは確立していないし変わっていく」“精神的な師“と仰ぐホウ・シャオシェン監督への想いも明かす - 2ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
是枝裕和監督「自分のスタイルは確立していないし変わっていく」“精神的な師“と仰ぐホウ・シャオシェン監督への想いも明かす

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是枝裕和監督「自分のスタイルは確立していないし変わっていく」“精神的な師“と仰ぐホウ・シャオシェン監督への想いも明かす

映画を志す若い人たちに伝えたいこと

長編デビュー作『幻の光』(95)はシャオシェン監督を意識して作ったという。「テレビの現場で助監督の経験をほとんどしていないまま長編映画を撮ることになって。師匠と呼べる人がいなかった僕にとって、ホウ・シャオシェンを勝手に精神的な先生と思い込んで、1本目の映画の準備を始めました」と笑顔で振り返った。

長編デビュー作の絵コンテも公開
長編デビュー作の絵コンテも公開

「すごく恥ずかしいけれど…」と前置きし、当時使っていたノートも披露した是枝監督、「いま読んでも、よくここまでちゃんと書いているなと思うくらいに几帳面なノートです」と照れながら自画自賛。長編デビュー作はシャオシェン監督に観てもらったそうで、「まず最初に『テクニックはすばらしい』と褒められました。ただ、『撮影に入る前に全部絵コンテを描いただろう』とも言われて。確かに全カット描いたし、色まで塗っていましたと言いました。すると『なぜ、役者の芝居を見る前に、その芝居をどこから撮るのかを決められるんだ』と言われて。ドキュメンタリーをやっていたのだから、そのくらいのことは分かるだろうとも言われました。多分、すごく厳しい言葉で言われたわけじゃないけれど、僕のなかでは(厳しい言葉として)それくらいの言い方をされた感覚で残っていて。自分に突きつけられた大きな宿題と受け止めました」と述懐。

我ながら丁寧な仕事と自画自賛しニヤリ
我ながら丁寧な仕事と自画自賛しニヤリ

これが以降の映画制作に与えた影響は大きいようで、「いろいろ褒められたり、貶されたりもしたけれど(笑)。自分が間違えた部分をどう克服していくか。2本目、3本目に繋がっていきました」としみじみ。しかし、この日集まった映画の未来を担う学生たちには「準備は必要です。絵コンテを描くことも、設計図を綿密に作ることは悪いことではありません。でも、それに縛られてしまうと目の前で起きている一番面白いことや、なぜ自分ではないスタッフを使って撮るのかということが蔑ろにされていきます。自分のなかだけに答えがあるわけじゃない、ということを教えようとしてくれたんだと思います」とシャオシェン監督から是枝監督が受け止めたことを解説した。

ホウ・シャオシェン監督との思い出話をたっぷりと語った
ホウ・シャオシェン監督との思い出話をたっぷりと語った

そして是枝監督は映画『空気人形』(09)で、シャオシェン作品でおなじみの撮影監督、リー・ピンピンとタッグを組むこととなる。「あの時も設計図は書いていました。言葉が通じないから、絵で見せた方が分かりやすいと思ったので。でもリーさんは『とにかく芝居が見たい』と。芝居を見た上でカメラのポジションを指定し、レールを引き、カット割りを考えるって。1日のスタートは(主演の)ぺ・ドゥナの芝居を見るところからはじまりました。現場で話し合いをすることが1日のスタート。振り返るとシャオシェン監督のスタイルを僕に教えてくれるような感じでした。その経験はとても大きかったです」と感謝。

しかし、是枝監督自身は、まだ自分のスタイルを確立しているとは思っていないという。「多分、これからも変わっていくと思います。僕の(持っていた)スタイルを壊したのがホウさんで、組み立ててくれたのがリーさんかもしれません」とシャオシェン監督、リー・ピンピン撮影監督とのやりとりに触れながら語った。

この企画の前日にシャオシェン監督の引退のニュースが発表された。シャオシェン監督との出会いから30年経ったいまの心境について是枝監督は「ホウさんが以前話していたアジアの若手の監督たちを束ねて映画を作る、ということはまだ形として実現していないけれど、アジアから集まった映画を志す若い人たちに伝えていくといことも、多分、精神的には繋がっている行為じゃないかなと思います」とコメントした。

台湾への個人的な思いも話した
台湾への個人的な思いも話した

イベントでは学生たちからの質問に答えるコーナーも。こういった交流の場で社会的な題材をモチーフにする理由を訊かれることが多いという是枝監督は「質問されること自体は嫌ではないし、テーマ選びの理由を答えることはできます。でも、日本のなかで社会派とくくられることが好きではありません。特に日本で”社会派監督”とくくられている監督たちの作品も僕はそんなに好きじゃないので」と素直な気持ちを告白。「作りながら社会派にしようと考えているわけでもありません。『歩いても 歩いても』と『万引き家族』では、家族を置く場所と半径を変えているだけです。家のなかなら家族だけを描くし、コンパスの針を伸ばせば他者を入れることになります。『ベイビー・ブローカー』なら、車のなかに集まった人だけを描く。場所の設定と関係の話をどこに置くか、その違いです。自分のなかでカテゴライズするのもあまり好きではありません」と世間が抱く是枝作品へのイメージへの思いも明かしていた。

また自身の今後については、「撮りたいと思って実現していない企画が10個くらいあります」と笑顔を見せ、「いま、監督の仕事がとても楽しい。このまま10年20年とやれればいいなと思います」と力強く語ると、会場は大きな拍手に包まれた。

第36回東京国際映画祭は11月1日(水)まで。シネスイッチ銀座、丸の内TOEI、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズシャンテ、TOHOシネマズ日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューリックホール東京などで開催中。

取材・文/タナカシノブ

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