『ヘレディタリー/継承』から『ミッドサマー』、『ボーはおそれている』へと続く狂気の作家性…アリ・アスター作品に深く入り込むための要素を解説

コラム

『ヘレディタリー/継承』から『ミッドサマー』、『ボーはおそれている』へと続く狂気の作家性…アリ・アスター作品に深く入り込むための要素を解説

家族や身近な人物に対する葛藤、不均衡な関係性を映像化

本作とアスターの前2作の共通点で、もう一つ、大きな要素といえるのが家族間の葛藤だ。『ヘレディタリー/継承』には、アニーを中心とした、子どもたちや夫、彼女の亡き母親に対する葛藤が絡み合い、物語を動かしていた。『ミッドサマー』の主人公であるダニーも、先に述べたとおり、妹の自殺と、道連れとなった両親の死で天涯孤独となり、心の支えとなるのは恋人だけという状態だった。

妹が両親を巻き込んで自殺を図り、天涯孤独となってしまったダニー(『ミッドサマー』)
妹が両親を巻き込んで自殺を図り、天涯孤独となってしまったダニー(『ミッドサマー』)[c]Everett Collection/AFLO

そして『ボーはおそれている』では、ボーと母親との間に生じた、複雑すぎる関係が重要な要素となっている。本作を観ると、ここまで恐ろしい母子関係が、この世に存在するのだろうか?と思えてくる。ちなみに、筆者は先日アスター監督に取材したが、本作で描かれた母と子の関係は、アスター監督と母の関係とは対極にあるので心配しないでほしいとのこと。

ボーが抱える母親に対する屈折した感情は少年の頃から育まれたものだった(『ボーはおそれている』)
ボーが抱える母親に対する屈折した感情は少年の頃から育まれたものだった(『ボーはおそれている』)[c] 2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

インパクトある強烈な演出術も魅力

映像面では、ここぞという場面でのキャラクターの表情のクローズアップはいつもながらに鮮烈。本作ではホアキン・フェニックスという強烈な個性を持ったアカデミー賞アクターを主演に据えたことで、よりインパクトを増した感がある。一方で、暴力的な描写は前2作に比べると控えめだが、シャンデリアが頭に落下して頭部がグシャグシャになったという、母の怪死の夢想は、やはり鮮烈だ。

【写真を見る】『ヘレディタリー/継承』でトニ・コレットが見せた“恐怖”に歪む顔が衝撃的!
【写真を見る】『ヘレディタリー/継承』でトニ・コレットが見せた“恐怖”に歪む顔が衝撃的![c]Everett Collection/AFLO

『ボーはおそれている』のインパクトの源泉には、これらのディテールがあるのは間違いない。アスターはこのディテールを武器にして、ボーの内面へとズンズンと踏み込んでいく。荒れ果てたアパートを飛びだしたボーの旅は、心優しい一家との上辺だけの短い幸福の時、森の劇団との遭遇、そして母の実家で直面する衝撃の事実へと連なっていくが、それぞれの局面で予想外の出来事が相次ぎ、ボーの精神はさらに歪んでいく。


家を出て早々に事故に遭い、親切(?)な医者家族のもとに身を寄せるボー(『ボーはおそれている』)
家を出て早々に事故に遭い、親切(?)な医者家族のもとに身を寄せるボー(『ボーはおそれている』)[c] 2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

この狂気を受け止めることこそ、『ヘレディタリー/継承』&『ミッドサマー』で“どん底気分”を経験した観客のための、最高に贅沢なエンタテインメントなのだ。

文/有馬楽

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