疲れた心に効能あり。『違国日記』や『海街dairy』など日常が愛おしくなる映画たち
新しい感情との出会いを描く『町田くんの世界』
『町田くんの世界』(19)の主人公、勉強も運動も苦手だけれど、無償の優しさで周囲の人たちを魅了してしまう高校生・町田くんは無自覚な人たらし。人が大好きで、すべての人に親切にする彼は、人間嫌いのクラスメイト・猪原さんと出会い、いままでに経験したことのない不思議な感情に気づいていく。
安藤ゆきの同名コミックを、『舟を編む』(13)の石井裕也監督が実写映画化した青春ストーリー。主人公の町田一役に細田佳央太、猪原奈々役に関水渚。当時新人だった2人の周りを、高畑充希、前田敦子、仲野太賀、岩田剛典、池松壮亮、戸田恵梨香、佐藤浩市、松嶋菜々子といった実力派俳優で固めているのも見どころ。原作同様に学校と家庭が中心となる高校生の日常の物語が、ラストで突然、映画オリジナルのファンタジー展開へ。生まれて初めて誰か1人を特別に好きになるという感情のミラクルの映像化がまぶしい。
1人ではないことを気づかせてくれる『夜明けのすべて』
原作者・瀬尾まいこが、自身のパニック障害の経験を踏まえて書いた同名小説を、『ケイコ 目を澄ませて』(22)の三宅唱監督が映画化した『夜明けのすべて』(公開中)。毎月PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さんと、パニック障害の恐怖に苦しむ山添くんの、ともに人には理解されにくい症状を抱える男女を描いた人間ドラマであり、藤沢美紗役を上白石萌音、山添孝俊役を松村北斗が演じる。
職場の同僚で、最初はあまり仲がよくなかった2人だが、互いの事情を知ったあと、不安も苦労も語り合える同志的存在になっていくまでの心温まる軌跡。日々、生きづらさを感じ、職場の人たちに支えられている自分もまた、ほかの誰かをちゃんと支えていくことができると知った彼らのうれしさが伝わってくる。終盤、プラネタリウムの上映シーンの言葉は一生の宝物になるはずだ。
特別、派手な出来事が立て続けに起こるわけでもなく、登場人物たちの何気ない生活を描いているだけにも関わらず、強い力で物語に引き込まれ、明るい希望が感じられる日常系映画。毎日同じことの繰り返しで物足りないと思う時、自分でも気づかないうちに心の傷が開いてしまった時…観ればいつもの日常の風景がちょっと輝いて見えるかもしれない。
文/石塚圭子