テニスのルールやシステム、背景を知っているとより深まる?テニス映画としての『チャレンジャーズ』のおもしろさ
下部大会「チャレンジャー」に出場することになったグランドスラムチャンピオン
最新のテニス映画『チャレンジャーズ』の舞台は2019年。現実では、ロジャー・フェデラー(スイス)、ラファエル・ナダル(スペイン)、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)、アンディ・マレー(英国)の通称“BIG4”が2010年代を席巻するなかで、2017年のシーズン中盤にマレーがケガで戦線離脱し、アレクサンダー・ズべレフ(ドイツ)、ダニール・メドベージェフ(ロシア)、アンドレイ・ルブレフ(ロシア)、ステファノス・チチパス(ギリシャ)ら1990年代半ば~2000年にかけて生まれた“Next Gen(ネクスト ジェン)”と呼ばれる新世代が台頭してきた時期だ(現在は、2001年生まれのイタリア人選手ヤニック・シナー、2003年生まれのスペイン人選手カルロス・アルカラスらさらに若い世代がグランドスラム優勝や世界ランキング1位を達成している)。
妻でありコーチでもあるタシ・ダンカン(ゼンデイヤ)に導かれ、6回のグランドスラム優勝(全豪、全仏、ウィンブルドンをそれぞれ2回)を果たしたアート・ドナルドソン(マイク・フェイスト)は、残りの全米オープンを優勝すれば四大大会すべてを制する「生涯グランドスラム」を手にすることができる。しかし、現在はケガによる手術の影響で低迷しており、本番を控えた前哨戦に出場するも若手選手に一方的に敗れてしまう。それを見かねたタシは、マスターズ1000のシンシナティ・オープンをスキップし、下部大会のチャレンジャーにエントリーすることをアートに勧める。
実際にはフェデラー、ナダルが本格化した2000年代半ば以降はBIG4がほとんどのグランドスラムで優勝しており、そもそも一度優勝するだけでも偉業と言われるので6回も優勝しているアートはかなりの名選手と言える。そんな彼が冒頭で参戦していた大会は、イズナー、マーディ・フィッシュ(アメリカ)といった過去の優勝者ポスターが確認できることから推測するに、7月末~8月頭に開催されるアトランタ・オープン(ATP250)だと仮定できる。この時期は全米オープンに向けて、アメリカ、カナダの北米を中心に、ナショナル・バンク・オープン(マスターズ1000)、ムバダラ・シティ・DC・オープン(ATP500)といった重要なハードコートの大会が開催され、アトランタ・オープンはこのいわゆる“全米オープンシリーズ”の開幕戦という位置づけだ。
その試金石的な大会で初戦敗退しただけでなく、感情のコントロールを失って自ら崩れていったという試合内容にタシが不安を覚えたのも理解できる。ただ、ランキングの上位30の選手にはマスターズ1000の出場義務があるため、それを2大会もスキップする選択には疑問も。単純にアートがそのランキング外の選手だったのかもしれないが、全米オープン優勝をねらうならトップ10付近には位置していたいところだ。
重要な大会をスキップしてアートが出現するチャレンジャー。だいたい50~100位前後、200、300位の選手も出場する下部大会ではあるが、ケガなどで一時的にランキングを落としている元トップ選手、上昇志向の強い若手、試合数をこなして調子を上げたいランキング上位者など実力者が数多くひしめき合うカテゴリーでもある。近年では、ケガでツアーを長期離脱していた錦織圭が、プエルトリコで開催された2023年のカリビアンオープンで復帰早々に優勝したことも記憶に新しい。日本では現在、慶應義塾大学日吉キャンパスで行われる横浜慶應チャレンジャー国際テニストーナメントなど4大会が開催されている。
下部大会をメインに回る選手の苦労も描く
チャレンジャーの決勝に勝ち上がったアートと相対するのが、彼と因縁のあるパトリック・ズワイグ(ジョシュ・オコナー)だ。パトリックの世界ランキングは200位台で、自家用車を運転しながら下部大会を回っている。現金の持ち合わせはなくクレジットカードも限度額に達しているようで、ホテルの部屋を借りられず、車で寝泊まりしていた。また、賞金は優勝するか敗退するまでは支払われないようで、生活のために早いラウンドで敗退しては少ない賞金を手にしてきたことも示唆されている。
パトリックの状況はかなり極端だと思われるが、それでも多くのスポンサーを抱え、一流ホテルに宿泊し、フィットネストレーナーなどのスタッフも帯同させているアートとの落差が印象的だ。実は2人は、かつて同じアカデミーで学んだ幼なじみであり、2006年の全米オープンジュニアのダブルス部門でペアを組んで優勝。シングルスの決勝でも対戦し、この時はパトリックが勝利していた。その後、パトリックはプロの道へ進み、アートは大学テニスで技術を磨くことに。ジュニア時代に優秀な成績を残すことはプロを目指すうえでも重要だが、必ずしも有望なジュニアがそのままプロの世界でも成功を掴むとは断言できない。そういったテニスの厳しさが、本作でもしっかりと描かれている。