「いかりやさんがかけてくれた言葉に、どれだけホッとしたか」
その一方、ふたたび「踊る」という作品に戻るにあたって、柳葉の心のなかでずっと忘れずに刻みつけられていたのは、2004年3月にこの世を去ったいかりや長介、湾岸署のベテラン刑事であった和久平八郎の存在だ。
「あれはテレビシリーズが始まってすぐのころです。湾岸署の撮影は大きなセットのなかで行われていましたが、室井はキャリアなので湾岸署の人たちに溶け込んではいけない。そう思って、僕はセットの片隅で一人でいました。するとそこに、いかりやさんが寄ってきて『よう、ギバちゃんよ。おめえも大変だよなあ。室井はつらいよなあ』と話しかけてくれて、他愛もない会話で気持ちを和らげてくれたんです。それがどれだけホッとしたか…。肩の力が抜けたか。いかりやさんは本当の親父のような存在でしたから」。
時折声を詰まらせながら語る柳葉の目には、たしかに熱いものが込み上げていた。「映画の2作目のクライマックスで、深津(絵里)さん演じるすみれが病院に運ばれて、駆けつけた青島と室井に和久さんが語りかけるシーンがあります。『この人は人生を泳ぐのが下手だ。ズルもできないし、嘘もつけない。ただ上に立ったらやる男だ』と室井のことを青島に伝えて、『頼んだぞ、警察を』と言って去っていく。このシーンが、その後シリーズを続けていくうえで気持ちの支えになっていました。今回の作品をやっている時も、和久さんはどこかで見てくれている。だから恥ずかしいことはできないと常に感じながらやっていました」。
『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』(11月15日公開)は2部作。「『生き続ける者』でも、室井はとにかく悩み続けます。一生懸命向き合うけれど、それでもひたすら悩み続ける。彼がなにかひとつの答えに近付くかどうかは、乞うご期待です」と、含みをもたせる。
さらに『生き続ける者』の見どころとして、『敗れざる者』でも登場した新城(筧利夫)とのシーンを挙げる。ドラマシリーズでは同じ本庁の警察官として、時に衝突し合いながらも切磋琢磨してきた新城。『敗れざる者』では、警察官を退職した室井の代わりとして、秋田県警本部長に就任した新城が室井の家を訪ね、思い出話に花を咲かせながら、捜査への協力を依頼してくる。「(『生き続ける者』の)新城との最後のシーンは、演じていて涙が止まらなかったです。それは、室井から新城に対する感謝と、僕自身から筧くんに対する感謝の両方が込められています。おそらく本編では後ろ姿しか映らず、室井の表情は確認できないと思いますが、2人の熱い関係にも注目していただきたいです」。
そして最後に、「踊る」プロジェクトの“再始動”と銘打たれている以上、今後も室井慎次を続けてくれる可能性があるのかどうか訊ねてみた。案の定、柳葉は「やりたくないなあ…」とこぼしながらも、「今回は室井を作り上げてくれた亀山プロデューサーと君塚さんへの恩返しの気持ちだったので、もし次やるとしたら、その時は“『踊る』サポーター”の皆さんへの感謝と恩返しとしてでしょうね」と優しい笑みを浮かべていた。
取材・文/久保田 和馬