【レビュー】King & Prince永瀬廉の新たな魅力が開花!『弱虫ペダル』は躍動感と疾走感に満ちた快作
King & Princeの永瀬廉がママチャリにまたがり、鼻歌で「ヒーメヒメヒメ」と口ずさみながら悠々と坂道を登っていくオープニングシーンからは、上映後にこれほどの高揚感に包まれるなんて考えもしなかった。ただただ“走る”ことにこだわり、そこにオールドファッションな“スポ根”要素や友人たちとの絆のドラマを絡めていく。包み隠さず言えば、この数年多くの日本映画で味わってきた“実写化”への懸念と不安をここまで痛快に吹き飛ばしてくれた作品は、少なくとも少年漫画のジャンルにおいては『弱虫ペダル』(公開中)が初めてかもしれない。
アニメ研究部に入り、同じ趣味を持った友人を作ることを夢見て千葉県立総北高校に入学した小野田坂道(永瀬)は、部員数の減少でアニメ研究部が休部となっていることを知り、ショックを受ける。そんななか、学校裏の坂をママチャリで登っていく坂道の姿を見た同級生の今泉俊輔(伊藤健太郎)から自転車レースの勝負を申し込まれる。自転車で走ることの楽しさを見出した坂道は、今泉や鳴子章吉(坂東龍汰)の誘いを受けて強豪の自転車競技部に入部。そして仲間たちの支えを受けながら、クライマーとしての才能を発揮させた坂道は、レギュラーメンバーとしてインターハイ予選に臨むことになるのだ。
2008年から「週刊少年チャンピオン」で連載がスタートし、現在も続いている渡辺航の同名コミックは、これまでテレビアニメ化はもちろん原作者の監修によるアニメ映画版から舞台、テレビドラマなど、ありとあらゆるメディアミックスが行われてきた。それだけに、主要なメディアミックスのなかで唯一残っていた実写映画化は、極めて大きなチャレンジとなったに違いない。どのように映画としての妙味を生みだすのか、その答えは映画が始まって10分もすれば容易に見て取れる。 “自転車で走ることの爽快感”と、“仲間との絆”、そして“誰かに必要とされることの尊さ”だけに焦点を当て、なにひとつ奇をてらわずに真っ向から、自転車レースという躍動感に満ちあふれた題材と、そこから発生する青春ドラマを描きだしていくのである。
そもそも映画と自転車の相性が抜群であることは、すでに様々な作品で証明されている。古くはバスター・キートンやチャップリンらが喜劇のアイテムとして活用し、やがて目的地へ向かうための手段としての側面を強めていき、時には『E.T.』(82)に代表されるような感動的なシンボルにもなり得る。少なくとも、人間が自分の力によって加速し、その速さを自らの肌で感じることができるツールである以上、映画的な運動が待ち受けていないわけがない。回転し続けるホイールに、スクリーンの端から端へと駆け抜けていく被写体と、その奥に見える雄大なロケーションや横移動するカメラ。劇中に登場する専門用語や、人物たちがどんな道のりを走るのかという解説が省かれることで、その先に待ち受けている展開や景色への想像力は常に働き続け、すべてのシーンにとめどない疾走感が生まれつづける。
観客が常にアドレナリン全開の自転車レースを味わうことができるのは、演じている俳優たちもその“速さ”を全身で感じているからだろう。永瀬や伊藤らキャスト陣は、撮影の合間にも練習に勤しみ、実際にロードレーサーに乗って撮影に臨んだそうだ。自ずと画面には彼らの躍動が活写されていく。しかも、昨年公開された初主演作『うちの執事が言うことには』(19)では“国宝級”と名高いそのルックスを生かした役柄を演じきった永瀬が、それとは対照的な鈍臭いキャラクターを演じたことも興味深く、それが意外なほどハマっているからすばらしい。弱々しい声の発生から、それに順じた立ち居振る舞い。そんな彼が自転車に目覚めるや少しずつ変化していく過程。仲間を想いながら走り続ける忠犬のようなその眼差しは、永瀬の新たな魅力を引きだすことに成功したと断言できよう。
ほかのキャストたちも原作やアニメ版で印象づいたキャラクターたちのイメージにすんなりと溶け込んでいる。今泉を演じる伊藤の少しすかした雰囲気や、勝負どころでトラウマに葛藤する姿。『ぐらんぶる』(公開中)ではあんなにふざけていた竜星涼の堂々とした部長の姿に、取っ付きづらそうな見た目とは裏腹に後輩想いのギャップが実に魅力的な柳俊太郎。もちろん大の原作ファンと公言している橋本環奈が演じる寒咲幹の存在感も欠かすことができない。物語を構成するメインキャラクターひとりひとりの特徴を捉えながらも、過不足なくその個性を抽出していく描き込みの適切さは、本作の脚本でとくに際立っている部分ではないだろうか。
今年前半に行われていた本作の撮影は、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の影響を受けて、一時的に中断を余儀なくされたという。それでも当初の予定日から公開を延期することなく、同時に急ピッチな作業であったことをみじんも感じさせない逸品に仕上げたスタッフ陣の手腕と、それを可能にするだけの物語の強度に拍手を贈りたい。ちなみに撮影が再開された6月に撮られたのはオープニングの裏門坂のレースシーンだったようだ。それを知った上で改めて作品を観ると、きっと感慨深いものがあるかもしれない。
いずれにせよ、本作で描かれているのは主人公の坂道が自転車レースの魅力を知るエピソードまで。まだまだ彼ら総北高校自転車競技部の物語はつづいているだけに、「ちはやふる」のようにシリーズ化してくれることを望まずにはいられない。
文/久保田 和馬