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『ブックセラーズ』から『花束みたいな恋をした』まで…本と本棚が紡ぐ映画の世界観

コラム

『ブックセラーズ』から『花束みたいな恋をした』まで…本と本棚が紡ぐ映画の世界観

主人公の2人が初めて出会った場所が本屋だった――というパターンは、ラブストーリー映画の鉄板。クラシックな作品では、ミュージカル映画『パリの恋人』(57)がある。女性ファッション誌の撮影で、知的な背景を求め、アポもとらずにNYのグリニッジ・ビレッジの本屋にやってきた撮影クルー。この本屋で、オードリー・ヘップバーン演じる店員のジョーと、フレッド・アステア演じる有名カメラマン、ディックは出会う。レトロでちょっと薄暗い店内には、古ぼけた大きなソファーが置いてあり、気になる本を手にとって、気軽に座って読めそうなところがいい。このシーンで重要な役割をはたす小道具が、可動式の書架ばしご。店内は壁一面が書棚で、天井までびっしりと本が並んでいるため、ジョーは書架ばしごに乗って高い位置の棚に本を収めている。ここでディックは書架ばしごを押して、レールに沿って走らせてしまい、ジョーに悲鳴をあげさせる。本屋の店員役のオードリーは一見、地味だけれど、大きな瞳の輝きは隠しようがない。撮影が終わった後、二人きりになった店内で、ディックが今度はジョーが乗った書架ばしごをそっと引き寄せ、思わず彼女にキスをしてしまう。少女マンガ顔負けの名シーンだ。

ヘプバーンが本屋の店員からトップモデルに。『パリの恋人』はBru-ray&DVDが発売中!
ヘプバーンが本屋の店員からトップモデルに。『パリの恋人』はBru-ray&DVDが発売中!Copyright [c] 1956 by Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved.TM, [R] & Copyright[c] 2013 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

本は本でも、古書となると、また一段とロマンが深まる。文芸ミステリー『ビブリア古書堂の事件手帖』(18)は、東京都古書籍商業協同組合が協力した作品で、日本における古書売買の実情の一端も知ることができるなど、古書好きにはたまらない1本。北鎌倉にある古書店を舞台に、美しき店主・栞子と、彼女の店で働くことになった青年・大輔が、夏目漱石「それから」のサイン本と、太宰治「晩年」の希少本の2冊に隠された秘密を解き明かしていく。監督の三島有紀子がめざしたのは、本当に存在するような一軒の古書堂をしっかり作ること。撮影に使用された本は、全国の古本屋さんから探したり、貴重な本は個人が所蔵しているものを頼んで借りたりと、本物であることにこだわった。また、栞子の店にある、背板のない本棚はすべてスタッフによる力作。この本棚のおかげで、手前の本越しにキャラクターの姿が見えるという数々の印象的なシーンが実現した。


映画には本屋だけでなく、図書室や図書館も数多く登場する。図書室の書架と書架の間が、二人だけのせつなくロマンティックな空間として美しく描かれていたのは『君の膵臓をたべたい』(17)。主人公の「僕」は、いつも図書室にいる冴えない高校生。クラスの人気者女子、桜良は、なぜか彼と同じ図書委員に立候補し、図書室で同じ時間を過ごすようになる。図書室内部の撮影場所は旧豊郷町立豊郷小学校の旧校舎群酬徳記念館。建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で、木をふんだんに使った内装には温もりが感じられ、幻想的でノスタルジックな雰囲気をかもしだしている。そして劇中、「僕」と桜良の関係をつなぐツールとして登場するのが、サン=テグジュペリの「星の王子さま」。映画の冒頭、国語教師になった「僕」が、「かんじんなことは目に見えない」という名言とともに「星の王子さま」を授業で扱っているシーンは大事な伏線だ。

SFアドベンチャー『インターステラー』(14)は、個人の部屋の本棚が非常に重要な要素として、ストーリーに密接にからんでくる。異常気象で人類が滅亡の危機にさらされた近未来、人類が移住できる新しい星を探すために、主人公である元宇宙飛行士のクーパーは宇宙へと旅立つ。映画の序盤、彼の最愛の娘、マーフの部屋の本棚から、毎回決まった何冊かの本が落ちるというポルターガイスト的現象が起こる。まだたった10歳の少女の部屋の広い壁一面の本棚自体が、彼女の並外れて優れた頭脳を表しているのだが、何よりも驚かされるのは、物語の終盤に明かされる、マーフの本棚の裏側にまさかの五次元空間が広がっていたという衝撃の事実だ。複数の時間軸があり、前後左右上下に、本棚の超立方体が反復していく、気の遠くなるような無限空間の迫力は圧巻!五次元という抽象的観念を科学に基づいて実現させた映像表現は、一度見たら二度と忘れられないほどのインパクトだ。ちなみに、マーフの本棚から落ちてきた本の中には、時間や空間、愛について語ったT.S.エリオットの詩集「四つの四重奏」や、監督のクリストファー・ノーランが『インセプション』(10)制作時に影響を受けたという作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説などが入っている。

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本棚の裏に驚きの世界が…!『インターステラー』はBru-ray&DVDが発売中![c]2014 Warner Bros. Entertainment, Inc. and Paramount Pictures. All Rights Reserved.

たとえ一瞬であっても、映画の中で本が映る時には、そこに監督のこだわりや大事な意味が込められているものだ。必死に目を凝らして本の題名を確認したくなった最近の作品と言えば、なんといっても『花束みたいな恋をした』(公開中)だろう。菅田将暉演じるイラストレーター志望の麦と、有村架純演じるサブカルチャー好きの絹は、ともに文芸やマンガなどジャンルを問わず本の虫で、お互いの趣味が一致したことで意気投合。初めて麦の部屋の本棚を見た絹が「ほぼうちの本棚じゃん」とつぶやく台詞だけで、彼女がすでに恋に落ちたことが伝わってくる。

【写真を見る】固有名詞がたっぷり登場!“好きなもの”が同じ2人が、本を通して距離を縮めていく『花束みたいな恋をした』
【写真を見る】固有名詞がたっぷり登場!“好きなもの”が同じ2人が、本を通して距離を縮めていく『花束みたいな恋をした』[c] 2021『花束みたいな恋をした』製作委員会

2人が同棲生活を始めるマンションは、ワンルームの真ん中に大きな本棚を置いて、リビングダイニングとベッドルームに分割する間取り。2人がDIYで作ったという設定の本棚には、宮沢賢治、三浦しをん、朝井リョウ、手塚治虫、大友克洋の「AKIRA」や、ほしよりこの「きょうの猫村さん」など、お気に入りの本がぎっしり詰まっている。本のチョイスは脚本に出てくるタイトルをヒントに2人が好きそうな作家をリサーチ、さらに脚本の坂元裕二による監修の上で厳選されたとのこと。劇中、折に触れて登場する今村夏子の「ピクニック」、時間の経過を表すための重要な小道具になる野田サトルの「ゴールデンカムイ」、一緒に泣きながら読んだ市川春子の「宝石の国」…数々の本の感動を共有してきた二人の間に圧倒的な距離ができてしまったことを示す、後半の書店でのせつなすぎるシーンにも注目を。

本にまつわるディテールにこだわって鑑賞すればするほど、おもしろい発見があるブック・ムービーたち。映画を通して、世界の本屋さんを訪れたり、誰かの本棚をのぞいたりする体験をぜひ味わってみてほしい。

文/石塚圭子

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