「授賞式を1本の映画のように演出する」という企画意図が裏目に?変革に挑んだ第93回アカデミー賞を振り返る
変革に踏み切った本年度アカデミー賞…成功と大失態
ソダーバーグらプロデューサーが企画した第93回アカデミー賞は、授賞式を200人の候補者が出演する1本の映画に見立てた。そのため、映画と同じ1秒あたり24コマで撮影しテレビ用に変換、画角もレターボックスサイズを採用した。司会者がいない授賞式も3年目となり、ショー仕立て番組の見せ場として使われてきた“歌のゲスト”も、授賞式ではなくプレ・ショーのみ。式典中は映画のクリップを上映せず、その分受賞スピーチの時間制限は設けられなかった。
候補者を発表するプレゼンターは名前と作品名を読み上げるだけではなく、趣向が凝らされていた。監督賞を授与したポン・ジュノは各候補者に「あなたにとって演出とは?」と問い、脚本賞の候補者はそれぞれの業界初仕事を聞かれ、『シカゴ7裁判』(公開中)のアーロン・ソーキンは、近所の映画館でのもぎりとポップコーンづくりが最初の映画に関わる仕事だと明かした。これらの小ネタは映画ファンなら思わず笑みをもらしてしまうようなものばかりで、辛い状況でも映画が救いになったことを思い出させた。ヨジョンのチャーミングなスピーチも、海外長編映画賞受賞の『アナザーラウンド』(9月3日公開)のトマス・ヴィンターベアが声を詰まらせながら亡き娘に捧げたスピーチも、時間制限のなかでサンキューリストを読み上げるだけのスピーチとは違う豊かさがあった。
ところが、受賞カテゴリーの発表順序をいじったことで大惨事が起きてしまった。例年だと最後に発表される作品賞を主演女優賞、主演男優賞の前に発表した。『ノマドランド』のプロデューサーとして作品賞受賞で登壇したフランシス・マクドーマンドは想いの丈を語り、急死したサウンドミキサーにこの賞を捧げた。その直後の主演女優賞でも名前が呼ばれたマクドーマンドは、コーエン兄弟と製作中の『マクベス』のセリフをスピーチ代わりにし、早々に舞台を去っている。主演女優賞の予想では『プロミシング・ヤング・ウーマン』(7月16日公開)のキャリー・マリガンと『マ・レイニーのブラック・ボトム』(20)のヴィオラ・デイヴィスが有力候補とされていた。
そして、主演男優賞は昨年8月に急逝したチャドウィック・ボーズマンの生涯とキャリアを祝福する授賞になるだろうと誰もが信じて疑わなかった。ところが、主演男優賞を受賞したのは『ファーザー』(5月14日公開)のアンソニー・ホプキンス。『羊たちの沈黙』(91)以来29年ぶり、83歳の歴代最高齢での受賞だった。授賞式はヴァーチャルでの出演を許可していなかったため高齢のホプキンスは欠席し、スピーチもなく唐突に式典が終了した。プロデューサー陣は、下馬評をもとに感動の大円団でのハリウッド・エンディングを演出しようとしていたのかもしれないが、第89回授賞式で間違った封筒が渡されたことにより『ムーンライト』ではなく『ラ・ラ・ランド』が作品賞として発表されるという世紀のアクシデントに匹敵するような番狂わせが起きてしまった。
このことでわかったのは、投票集計を担当している会計会社以外、「誰も受賞結果を知らない」というアカデミー賞の掟と、アカデミー会員は実際に映画を観ていたという事実だ。下馬評は投票者以外による外部予想であって、確かなものはなにもない。『ノマドランド』や『ファーザー』を観ていれば、作品が醸すすばらしさが彼らの演技によるものだということが明らかだ。「授賞式を1本の映画のように演出する」という企画意図は、ラストが予測できない映画のような結末を迎え、なんとも言えない後味を残した。視聴率低下に悩まされるなか、この失態をどう克服していくのか…。来年の第94回アカデミー賞授賞式は、2022年2月27日に行われる予定だ。