優等生の少女と不良少年が結びついた絆の美しさを体現…オスカー候補作『少年の君』の主演2人に注目!
すべてが試練だった孤独な不良少年役
もう一人の主人公、シャオベイを演じたイーは2000年生まれ。5歳で芸能活動を始めた彼は、2013年に結成された中国発の少年アイドルグループ“TFBOYS”のメンバーである。国民的アイドルとして活躍する一方、2018年には中国を代表する国立の演劇大学、中央戯劇学院に筆記試験と実技いずれも主席で合格。初主演映画となった本作では、第39回香港電影金像奨新人俳優賞を受賞した。時代劇アクションドラマ「長安二十四時」でも主演するなど、近年は俳優として大きな注目を集めている。
「初めて挑戦した役柄で、僕にとっては、すべてが試練だった」とイー自身が話すように、身寄りもなく、町はずれのあばら屋で、一人でなんとか生きている孤独な不良少年という本作のキャラクターは、脱アイドルとも言える役どころ。チョウも「初出演の映画をよく振り返るけど、彼のようにはできなかった。シャオベイは難しい役よ。彼は本当にすごいと思う」と手放しで称賛する。さざなみのような心の動きさえ繊細に表現する彼の演技は、役柄に対して少々イケメンすぎるルックスも気にならないほど圧倒的だ。
一番苦労したのは茶葉タバコのシーン?
バイクの運転や激しいケンカシーンなど、様々な撮影があったなかで「一番の難点はタバコだった」と言うイー。彼はジュネーブのWHO本部で中国青年代表として英語でスピーチをしたこともあり、特任中国健康大使に任命されているため、たとえ映画であっても「タバコは勧めてはならない」立場だった。「撮影で吸ったのは茶葉タバコだ。でも茶葉タバコはむせやすくて…」と苦労を振り返る。
「彼は台本やセリフをよく分析しているんだ。どう演じるべきか、すぐに把握できている。日々進化し、演技が良くなっていくんだ。完全に若手俳優の域を超えている。彼は誰かに甘えたりはしない。“俳優イー・ヤンチェンシーを見せる”、彼は初日からそう決めていた。本人も役柄も一見クールだが、実は心やさしいんだ」と監督は話す。
役と一体になり、自然と流れ落ちる涙
「彼は演技力が爆発するの。偽りのない演技をしている」と話すチョウと同様に、プロデューサーのホイも、イーの芝居について「演技かどうか見分けがつかない」と評する。「これまでの人生で、おそらく彼もつらい経験をしてきたはず。デビュー当初、彼の良さが分からず、攻撃する人が多かった。孤独感を味わってきたから、彼の目に感情がこもっているのだと思う」。
傷だらけになったシャオベイが、チェン・ニェンと一緒にベッドに横たわり、初めて自分の生い立ちの話をするシーンは印象的だ。仰向けのまま、ぽつりぽつりと母親の話をするシャオベイの目から静かに涙が流れるのだが、「実はあのシーンでは、泣くという指示はなかった」とホイは明かす。「自然に涙が出てきたのでしょう。彼は自分の苦しみを誰かにぶつけたりしない。味わったことがあるから、人の痛みが分かるの。それは貴重だと思う。近年、会ったなかで、最も心がきれいな少年ね」
その演技力ゆえに、相手役を喰ってしまうことも多いチョウ・ドンユイに、今回、一歩も引けを取らない存在感を放ったイー・ヤンチェンシー。終盤、2人が台詞もなく、お互いの表情のアップとアップの繰り返しだけで、揺れ動く想いのすべてを伝え合うシーンのせつなすぎる名演技は必見!2人が魅せる、ただの恋愛を超えた、魂の奥深いところで結びついた絆の美しさを存分に味わってみてほしい。
文/石塚圭子