オスカー受賞作『アナザーラウンド』で知る、デンマークの驚きの飲酒事情
アカデミー賞でも話題となったトマス・ヴィンターベア監督の感動スピーチ
3つ目のトリビアは、ヴィンターベア監督とミケルセン、それぞれの娘との絆やつながりについて。本作の撮影4日目、ヴィンターベア監督の19歳の娘、アイダが交通事故で亡くなってしまう。彼女はマーティンの娘役で映画デビューする予定だったが、その夢を目の前にしての悲劇だった。
アカデミー賞の授賞スピーチでは、ヴィンターベア監督が関係者への謝辞を述べたあと、亡き娘への想いとミケルセンへの想いを言葉にしている。「キャスト全員がこの作品のために心を砕き、すばらしい演技をしてくれました。もちろん、マッツ・ミケルセンには特別な感謝の言葉を贈りたいと思います。映画のためだけではなく、私の娘のためにも最高の演技をしてくれました。アイダ、たったいま、奇跡が起きたよ。そして、君もこの奇跡の一部だよ」。彼のスピーチでこの出来事を知り、悲しみを乗り越えての撮影、父から娘への愛の深さに心を打たれたという人も多いはず。
一方、ミケルセンと彼の娘との不思議なつながりは、本作のラストシーンを飾る楽曲「What A LIfe」を演奏するデンマークのバンド、スカーレット・プレジャーに起因する。娘の高校時代、パーティ終わりの彼女をよく車で迎えに行っていたミケルセンは、2度ほどビールケースを抱えてベロベロに酔っぱらった同級生の青年も送り届けていたという。彼こそがこのバンドのボーカル、エミル・ゴルで、その事実を娘から聞いたミケルセンは、「あの時のあいつか!」と思わず笑ってしまったとか。
普段はあまり観ない国の映画に触れることが、その国の生活や文化を知りたいと思うきっかけに。そして、新たに得た知識で作品を観返せば別の発見もあるかもしれない。そうやって映画を観る楽しみは積み重なっていく。とにかく登場人物たちが酔っぱらいまくる『アナザーラウンド』だが、撮影では全員シラフで、あらかじめ撮っていた自分たちの酔った姿を研究しながら演技していたという。そうして生みだされた名演や作品に込められたメッセージも感じながら、ぜひ本作を劇場で堪能してほしい。
文/平尾嘉浩