変態的DNAは遺伝する?息子ブランドンに見る、父デヴィッド・クローネンバーグの影響
父の作品の根底にあるアイデンティティ崩壊への恐怖
存在についての問いかけは、父デヴィッドのキャリアを貫いてきたテーマでもある。特に彼の代名詞と言えるボディ・ホラーというジャンルは、身体の変容を通して自分が失われていく恐怖を内在しており、事故で重傷を負った女性が受けた皮膚手術の副作用から出現したなにかによって無意識に凄惨な騒動が引き起こされる『ラビット』(77)や、実験の結果、徐々にハエになってしまう科学者の悲劇を描いた『ザ・フライ』(86)など多くの傑作を生みだしてきた。
さらに『ヴィデオドローム』(82)では、現実と幻想の境目がわからなくなる主人公の様子を、幻覚が肉体へと接合していくショッキングなビジュアルで表現し、『ザ・ブルード 怒りのメタファー』(79)では人間の怒りという意識をある形で具現化。『イグジステンズ』(99)でも現実並にリアルなゲーム世界のキャラクターになった主人公が自意識と無関係にセリフを発するなど、現実とゲームの世界がわからなくなり、混沌していく様子が描かれた。
さらにSFやボディ・ホラーを離れた『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)も、普通に生活を送る男のもう一つの顔が徐々に明らかになる、自己とはなにかを問う二面性についての物語。双子を題材にした『戦慄の絆』(88)では、顔はまったく同じだが性格は真逆の双子が一人の男を演じたことで生じる不和を通じ、アイデンティティの崩壊を浮かび上がらせた。
親子共にSFをテーマとした新作が待機中
揃いも揃って似たようなテーマに憑かれてきたクローネンバーグ親子。そんな彼らは互いに次回作の話題も持ち上がっている。ブランドンが手掛ける『Infinity Pool』は、『ゴジラvsコング』(21)のアレンサンダー・スカルスガルドを主演に迎えた得意のSFスリラー。若くして裕福な恋人たちが、休暇でリゾートを訪れるが、ホテルの外には、魅惑的だが危険なものがあり…とあらすじだけで一癖も二癖もありそうな1作であることがわかる。
一方、父デヴィッドが手掛けるのが、ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワートら豪華キャストが名を連ねる『Crimes of the Future』。1970年製作の自主映画『クライム・オブ・ザ・フューチャー 未来犯罪の確立』と同じタイトルとなるが、監督いわく、リメイクでも続編でもないそう。
『イグジステンズ』以来のオリジナル脚本作は、人類が人工的な環境に適応することを学んでいる近未来を舞台にしたメタモルフォーゼがテーマの、まさに“クローネンバーグ印”といも言うべき作品となるよう。5月のカンヌ国際映画祭で初お披露目とも噂されており、続報が待たれるところだ。
変態的とも言える独自の世界観を持った強烈な作家性ゆえに、好みの分かれるクローネンバーグ親子。まずは『ポゼッサー』を観て、そのグロテスクかつ艶美な世界の虜になったなら、これらの作品群にも触れてみてほしい。
文/サンクレイオ翼