ミン・ジン・リーの原作も合わせて読みたい。在日コリアンの苦難と強さを描く「パチンコ」が、不寛容の現代に贈るメッセージ

コラム

ミン・ジン・リーの原作も合わせて読みたい。在日コリアンの苦難と強さを描く「パチンコ」が、不寛容の現代に贈るメッセージ

「パチンコ」の世界観を作り上げたキャスト陣

アウトローのコ・ハンスとして新たな役柄を開拓したイ・ミンホ
アウトローのコ・ハンスとして新たな役柄を開拓したイ・ミンホ[c] Billy Bennight/AdMedia / SplashNews.com

オーディション文化が根強いアメリカの芸能界では、ドラマ「パチンコ」に出るためにユン・ヨジョンイ・ミンホも役を勝ち取るほかない。特にイ・ミンホは、「花より男子」以来13年ぶりにオーディションを受け、ソンジャの初恋の相手ハンスにキャスティングされた。第7話ではオリジナルストーリーとして、関東大震災と朝鮮人虐殺が詳細に描かれる。混乱のさなかで無実の同胞が惨殺されていく姿を震えながら見つめるしかなかったハンスの無念さに触れるこのエピソードでは、ともすれば非情にも見えるハンスという人物を作り上げた背景が浮かび上がる。壮絶な時代で生き残ったキャラクターを演じるために内面を磨き上げたイ・ミンホは、これまでスマートな役どころから一皮むけたように感じられる。

非情さも持ち合わせたハンスが持つ心の闇を表現したイ・ミンホ
非情さも持ち合わせたハンスが持つ心の闇を表現したイ・ミンホ[c]Apple TV+

新鮮さとと共に重厚さを与えたのが、ユン・ヨジョン演じる老いたソンジャの次男、モーザスに扮した朴昭熙だ。ソンジャ同様、1930年代に慶尚道から結婚で日本へ渡った在日コリアンの孫で在日三世として生まれた彼は、濱口竜介監督の日韓合作『THE DEPTHS』(10)に出演するなど高いスキルがあるが、俳優人生は順風満帆ではなかった。役者を始めた頃の日本の芸能界は本名で活動するには風当たりが強く、本名を隠す同じ在日の俳優には彼を疎んじる者もいた。活躍の場のハリウッドに求めるも、在日コリアンについて無理解だった当時のアメリカでは、“本物の日本人”ではないとして 日本人役を演じることが出来なかった。コゴナダ監督同様、彼も“居場所のなさ”を肌身に感じながら生きてきたのだ。第5話にはドラマオリジナルとして、ソンジャと共に渡韓したモーザスが、現地の行政が取った在日コリアンへの冷淡さに憤るシーンがある。日本でパチンコ店を成功させながらも常にアウトサイダーであったモーザスの姿には、朴昭熙自身が歩んできた半生がオーバーラップし、より深みが醸し出されているのだ。

力強くモーザスを演じた朴昭熙
力強くモーザスを演じた朴昭熙[c] Billy Bennight/AdMedia / SplashNews.com

ユン・ヨジョンはもっと流暢に話したかったそうだが、朴昭熙はソンジャのぎこちない日本語に祖母を重ねて涙し、「韓国語訛りの日本語が在日そのもの」とプライドを持つ。朴昭熙が知る在日コリアンのストーリーを聞いたユン・ヨジョンもまた、個人史にとどまらない多くの人々の痛みを理解し泣いたという。朴昭熙は、ドラマ「パチンコ」の精神的支柱となっていたに違いない。

壮大な物語「パチンコ」の主軸、老いたソンジャ役のユン・ヨジョン
壮大な物語「パチンコ」の主軸、老いたソンジャ役のユン・ヨジョン[c] Billy Bennight/AdMedia / SplashNews.com

そして、ストーリーの主軸となる若き日のソンジャに、新人女優キム・ミンハを抜擢したことが、ドラマ「パチンコ」の完成度を決めた。スー・ヒューは「ミンハの目を見て、ソンジャに似合うと感じた」とキャスティングの理由を明かしている。確かにドラマを観ていると、小説で読んで知っていたはずソンジャの眼差しにこれほど気骨があったのかと驚く瞬間が何度もあった。ハンスと初めて視線を交わすシーン。兄夫婦の家計を助けるため、声を張り上げながら客を呼ぶキムチの行商シーン。澄んだ瞳は純粋さを感じさせながらも、意志の強さと優しさに満ちている。キム・ミンハは間違いなく、韓国の若手有望株に名乗りを上げた。

若き日の凜としたソンジャを演じきった新人俳優キム・ミンハ
若き日の凜としたソンジャを演じきった新人俳優キム・ミンハ[c] Billy Bennight/AdMedia / SplashNews.com


描きたかったのは、女性の強さと分断を越えて生きること

在日コリアンの女性を主人公にした「パチンコ」。ドラマ版は、映像によって立ちあがるリアリティの力を使い、登場する女性の強さをより前景化した。例えば若き日のソンジャとハンスの出逢いについて、小説版では「ソンジャの外見」と「毅然とした態度」にハンスが惹かれたとある。ドラマも大筋は変わらないものの、ソンジャの肉体的な見た目というよりは、その凜とした姿や眼差しに惹かれたように描かれている。第1話、市場に警察官が現れると、誰もが怯えたように頭を垂れてひたすら通り過ぎるのを待っているが、ソンジャはものともしない。ハンスはしばしばソンジャを「強い」と称え、ソンジャ自身も過去を振り返り、「なんでも与えてくれる人を私が拒んだ。自分を半分に割って生きられないから」と語る。どんな苦難に遭っても尊厳を失わない彼女の姿は、観る者を厳粛な気持ちにさせてくれる。

澄んだ強い眼差しが印象的な、キム・ミンハ演じる若き日のソンジャ
澄んだ強い眼差しが印象的な、キム・ミンハ演じる若き日のソンジャ[c]Apple TV+


第4話、イサクとソンジャが大阪へ渡っていく船の中で、ソンジャは一人の女性歌手に出会う。身重のソンジャを気遣う彼女は、「今夜はあなたたちのために歌うわ」と言い残して去る。夜、女性歌手は一等船室で日本人客を相手にオペラを熱唱していたが、突然韓国語の歌声を響かせる。それはソンジャの下宿にいた漁師たちが、自分たちの悲壮な現実を慰め合って愛唱していた漁夫歌にも似ていて、ソンジャたち三等室の貧しい客を奮い立たせる感動的なシーンになっている。様々な理由で他国へ移住した人々のことを“ディアスポラ”と呼び、ソンジャたちは韓国のディアスポラだ。朗々と歌い上げる彼女に導かれ、故郷を離れていくコリアン・ディアスポラは勇気を手にしたように見える。こうした小説版にはない、ドラマで追加された細かなエピソードにも、女性の描写へのこだわりが垣間見える。

壮絶な時代を乗り越えてきたソンジャの目に、現代はどう映っているのか
壮絶な時代を乗り越えてきたソンジャの目に、現代はどう映っているのか[c]Apple TV+

ドラマのオープニングで、The Grass Rootsによるヒット曲「Let's live for today」に合わせてキャストたちが勢揃いしてダンスを披露する。実に楽しいムードを演出すると同時に、“居場所のなさ”を積み重ねながらも強く「今日」を生きてきた在日コリアンへの賛歌にも聞こえてくる。新型コロナウイルスの蔓延によって増加したアジア人へのヘイトクライム、ロシアのウクライナ侵攻で国を追われる人々が絶えない現代社会において、祖国を離れた悔恨を抱きながら異郷での差別に耐えた在日コリアンの歴史を振り返ることは、強い意義があるだろう。世界で支持されている「パチンコ」が現代に問うのは、国籍や民族で分断される不寛容と抑圧を越え、連帯することの価値ではないだろうか。

文/荒井 南

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