是枝裕和率いる「分福」の気鋭監督が商業映画デビューで“難民”を描いた理由「なにか変わるんじゃないか」
今年のベルリン国際映画祭のジェネレーション部門でワールドプレミアを迎え、日本初となるアムネスティ国際映画賞スペシャルメンションを授与された、川和田恵真監督の『マイスモールランド』(公開中)。是枝裕和監督が率いる映像制作者集団「分福」に所属する川和田監督の初の商業映画である本作は、在日クルド人の高校生、サーリャ(嵐莉菜)を主人公に、在留資格を失ってしまう家族の姿を、彼女の視点から描く。イギリス人と日本人の親を持ち、日本で生まれ育った川和田監督自身の想いも込められたオリジナル脚本である本作の制作秘話や、是枝監督から学んだ演出技法についてなど、実際にベルリンを訪れ、現地映画ファンの熱気を肌で感じた川和田監督に語ってもらった。
「“ある物語”として体感してもらうことで、なにか変わるんじゃないかという感覚がありました」
「難民というテーマに関しては、小さい時からずっと関心があったんです。生まれたり育ったりした場所にいられなくなることで、よそ者になってしまう、自分で選んだわけではなく運命でそういうことになってしまう。私が、2つの国にルーツがあるため興味を引かれていました。クルド人に興味を抱いたのは、2016年ごろに、クルド人の女性兵士の写真を見たことがきっかけでした。自分の国を持たないけれど、自分の土地を守るために戦う民族がいることを知って、当たり前にみんなが持てると思っているものがない、“国がない”ってどういうことなんだろう、と。それでも民族として大事にしていること、言葉だったり、音楽だったりというものが、どうにかここまで受け継がれてきているということもすばらしいと思いました。それでクルド人について調べ始めたら、日本にもいるということがわかったんです」。
幼いころ、家族と共に日本に来たサーリャは、日本人同様に育つものの、常にどこか疎外感を覚えている。日本が大好きで、溶け込みたいと思っているにもかかわらず、周囲から外国人として見られるたびに、心を挫かれるサーリャの佇まいが痛い。
やがてバイト先で心を寄せる優しい少年(奥平大兼)に出会うが、そんな時に難民申請が不認定となり、彼女の未来が揺さぶられる。日本映画としては珍しい題材を取り上げたことについて、川和田監督はこう語る。
「社会問題となるとみんなが目を背けたくなる、耳を塞ぎたくなるということがあると思うんです。でも“ある物語”として体感してもらう、ということを入り口に観てもらえたら、なにか変わるんじゃないかという感覚がありました。ふだん自分がニュースを見ていても、もう少しなにか違う伝え方が自分だったらできるんじゃないか、ということを考えていました。今回は家族の物語を中心に描くことにしました」。
「演出スタイルは、是枝監督やケン・ローチ監督の影響があると思います」
本作におけるサーリャ役の嵐の熱演には、多くの人が心を打たれるのではないだろうか。5か国のルーツを持ち、モデルとしても活躍する彼女だが、映画のなかではまるでこの役をやるために生まれてきたかのような切実な姿を見せる。撮影中、嵐の涙の演技に、自身も感情を動かされ涙を流したという川和田監督は、彼女との出会いについてこう回想する。
「嵐さんのことは、モデルのお仕事などで知っていたんですが、すごくかわいいし華やかすぎて、お芝居をする姿は想像がつかないなと思っていました。でも会って話してみたら、全然印象が違ったんです。特に『自分を何人だと思いますか?』と質問した時に、『日本人って本当は言いたいけれど、周りはそう思ってくれないと思うので、言っていいのかわからない』と。『でも言いたい』と強く付け加えて。その時に、揺らぎを持ちながらも自分を強く持とうとしている彼女なら、この主人公を演じられるのではと思いました。そのあとオーディションでお芝居をしてもらって、それを観た時に確信に変わりましたね。とても表現力の高さを感じました」。
本作のベルリン国際映画祭での上映時における質疑応答は、監督が質問に答えるたびに熱い拍手が沸き起こっていたほど、白熱した。国際的なテーマの切実さと共に、微妙な感情の機微を的確にすくい取る繊細な演出も、観客の心をわし掴みにしたようだ。初監督作にもかかわらず、そんな演出の妙を川和田監督はどのように会得したのか。
「とにかく俳優さんから出てくるものを大事にしたいなと思っていたので、こうしてくれと押し付けないようにしました。例えばカメラの位置はここだからこう動いてくれ、というようなやり方にはしたくなかった。まずカメラの位置を考える前にお芝居をしてもらって、そのあとに決めていくというスタイルを取りました。それは是枝監督や、私の好きなケン・ローチ監督の影響があると思います。是枝監督はとても臨機応変なんです。自分の型に当てはめるというよりは、その場で起きていることによって考えていくというのが是枝監督のスタイルだと思い、私もそれは心掛けました。
また父と娘の関係を描くという点では、ヴィクトル・エリセの『エル・スール』を参考にしました。この作品において、年代によって父と娘の関係、その愛の形が変わっていく様子がすごく好きで。直接的に反映させたわけじゃないですけれど、何度も観て、自分のなかでベースにしました」。
「日本でどう受け入れられるか、というのは期待も不安もあるんですが、こうして離れたドイツの土地で、“自分たちの物語だ”と観てもらえた印象があって、やはり普遍的なテーマなのだと思いました。いま世界のどこでも起こっていることを扱ったんだなと、質疑応答や拍手の大きさから感じました」と語る川和田監督。ベルリン国際映画祭での反響を胸に、今後も独自の活躍を期待したい。
取材・文/佐藤久理子