『ヒメアノ〜ル』の狂気から『前科者』の魂の熱演へ…俳優、森田剛の歩みを振り返る
早世の詩人を演じた『人間失格』に、NHK大河ドラマ「平清盛」では名ゼリフも披露
そんな森田が2015年に舞台に立っていないのは、映画『ヒメアノ〜ル』への布石(単に撮影や準備だが)と推察される。その前にドラマをもう2作、映画を1作さくっと触れておきたい。生田斗真の主演作『人間失格』(10)で森田が演じたのは、詩人の中原中也。軟派な大庭葉蔵(生田)とのコントラストが際立ち、出演シーンこそ少ないが、若くして夭逝した天才が放つ硬派な色気で観客を魅了した。また、2012年放送のNHK大河ドラマ「平清盛」に平時忠役で出演した際には、「平家にあらずんば人にあらず」という有名なセリフを発し、日本列島にザワッと微震を走らせた。もう一つのドラマは記憶に新しい「ハロー張りネズミ」(2017年放送)で、大人の男のカッコよさと色気、森田の飄々とした余裕も感じることができる。
ストーカーからサイコキラーへと堕ちて行く男を怪演した『ヒメアノ〜ル』
舞台では役者“森田剛”の実力は広く認識されていたが、映像で森田の天才っぷりやスゴさを広く知らしめたのは、やはり『ヒメアノ〜ル』だろう。監督は、2021年に『BLUE/ブルー』と『空白』という2本の傑作を放った吉田恵輔。当時、よくぞこんな役を森田に振ったものだと仰け反ったが、森田自身、その機会を待ち望んでいたのかもしれない。なにしろ彼が演じるのは、ストーカーからサイコキラーへと闇に堕ち、罪にまみれていく森田正一だったからだ。
自分の恋を手助けしてもらおうと、安藤(ムロツヨシ)は想いを寄せるユカ(佐津川愛美)が働くカフェに、同僚の岡田(濱田岳)を連れて行く。そこで岡田は、高校時代の同級生である森田に再会。ところが、ユカは岡田を想っており、さらに森田はユカのストーカーらしい。岡田は密かにユカと付き合い始めるが、それを知った森田が岡田に殺意を向け…。
猟奇的とすら言える殺戮シーンや攻防戦の凄まじさにウワッと目を覆いたくなると同時に、「え、そっちに転がる!?」と予想外の展開に噴き出しそうになる、なんとも言えないおかしさも絡みつく。さすが吉田監督!だが、それ以上に衝撃的なのは、実は森田は高校時代にイジメに遭っていたという、その陰湿な描写だ。熱烈な森田ファンは直視できそうにない描写だが、それがあってこそ、岡田に跳ね返ってくる言い知れないあと味につながり、まさにスゴイの一言。ラストシーンで見せる森田の笑顔は、イヤ~ッと悲鳴を上げたくなる、それでいて複雑な心境に陥らせる破格の爆発力だ。