深田晃司×ツァイ・ミンリャンがお互いの“作家性”について語り合う!アジアの映画文化にいま求められているものとは
「一作一作がとても大好きな作品だから満足している」(ツァイ・ミンリャン)
ツァイ・ミンリャン「今度は映画とマーケットの関係についてお話をしたいです。いきなりですが、深田さんの作品は日本で興行的にはどうなのでしょうか?」
深田「絶好調です!…と言うと嘘になりますが、観てほしいと思う人には届いているとは思っています。大きな規模で公開されることはなく、共感性も娯楽性も高い作品ではないと自覚しているので、興行的な広がりを見せる映画ではないです。一言で言うと、そんなに当たってはいないです(笑)」
ツァイ・ミンリャン「私も一緒です(笑)。爆発的なヒットを味わった経験というのが私にはありません。それでも自分では満足しているのです。なぜなら一作一作がとても大好きな作品だから。賞味期限が長い作品を撮っていると自負しています。『青春神話』がいまアメリカで配給されている。もしかすると深田さんも私と同じ路線を歩んでいるのではないでしょうか」
深田「それは光栄なことです。賞味期限が長い作品になってほしいという願いは私も持っています。100年先、自分が死んだ後にも観られるような作品になってほしいと常々思っています。幸いにも、実際に2008年に撮った作品がいまフランスで配給が決まりつつあって、作っておいてよかったなと最近感じたところです。細くても長く観られてほしいと思っています」
「台湾と日本はお互いに影響を与えながら歩んでいる」(深田)
ツァイ・ミンリャン「台湾とは異なり、日本は映画の強国であると感じています。それはマーケットではなく作品性の部分でです。台湾も以前はほとんどの作品が商業映画でした。しかしほとんどが同じようなテイストの作品で観客も飽き、興行的にも失敗続き。どうやって映画を作れば儲かるのか誰もがわからない状況で現れたのがホウ・シャオシェン監督でした。その頃に戒厳令も解除され、様々な題材が許可されるようになり、エドワード・ヤン監督のような人も現れ、ヨーロッパに影響を与えるような作品も出てきた。そこから10数年ほどは台湾の映画界も輝いていました。しかし現在はまた違うものとなりつつあり、最近の台湾映画は商業的成功を狙いジャンル映画に偏りつつある。マーケットとしての賑わいは確かにありますが、以前のような輝きが失われているように感じ残念に思っています。
しかし日本の映画界には深田さんがいて、濱口竜介監督がいて、非常にうれしく思っています。深田さんのように個人の創作の道を突き進み、独特な言語表現を模索しながら活力ある映画を作るということが、映画にとって一番大事なことです。売れる映画を作るのは簡単なことです。本当の意味で想像力をもった作品を撮るのは難しい。日本は昔から黒澤明監督や小津安二郎監督、小林正樹監督に溝口健二監督、そして大島渚監督と、世界を驚かせるようなすばらしい監督を出してきた。いまも変わらずそうだと思います」
深田「いま日本の若手監督たちは経済的に厳しい状況に置かれているので、映画強国かというと難しいところがあります。ただホウ・シャオシェン監督やエドワード・ヤン監督の作品を1990年代以降観られる環境が整っていたので、おそらく濱口さんもそうだと思いますが強い影響を受けていまの日本の映画がある。台湾と日本はお互いに影響を与えながら歩んでいるように感じています。
私はそのなかでもミンリャン監督の作品に勇気をもらっています。表現するということは、こういうふうに世界が見えているのだと他者にフィードバックする作業だと思っています。ミンリャン監督の作品は想像力に対して開かれている。『愛情萬歳』のラストシーンも観客の想像力に委ねられていて、ただ共感はされがたいものでもある。でもこういう表現をしていいんだと勇気がもらえる。『河』も『青春神話』も『郊遊 ピクニック』も、ああいった作品を作ってくれたことに感謝しています」
ツァイ・ミンリャン「ありがとうございます。私たちの映画を観てくれる観客はとても大事です。いろんな場所に良い監督が存在していますが、日本は良い観客がたくさんいらっしゃると感じます。『河』をベルリンのコンペに持って行った時、日本の配給会社の方にお会いしました。その会社の配給で日本公開され、『なぜこの映画を配給しようと思ったのですか?』と訊ねたら、彼は『この映画を日本の観客に見せたいと思ったからです』と答えました。日本の配給会社には、こういう眼を持った方がいらっしゃって、様々な作品を日本の人々に見せたいと思っている方がいると感じた出来事でした。
台湾にはあまり良い配給会社がないのです。私は以前、自分でチケットを売り捌いていました。公開1ヶ月前から俳優と一緒に街に出て、1万枚のチケットを売るんです。それを劇場の人に見せて、これだけ売ったので2週間は必ず上映してくださいと説得する。そうしないと私の映画は1日で上映が終わってしまう。アジアとヨーロッパでは、観客の雰囲気がまるで違います。ヨーロッパの観客は普段から美術作品に接しているので、様々なアート映画を観る習慣がある。アジアの観客は商業的な映画を観る習慣しかない。そこで私は美術館と提携して、映画を美術館で上映しようと考えました。観客を美術館から育てていく。深田さんの参考になればと思うのですがどうでしょう?」
深田「とても参考になります。それは多様な作品に対して映画業界が開かれていくということでもあると思います。少し前にミンリャン監督のVR作品を美術館で観る機会があり、いつものミンリャン監督の作品世界に入り込む不思議な体験を味わいました。たしかにフランスでも興行の上位に入る作品は娯楽性の高い作品ですし、その状況はどこの国も同じでしょう。ただ、よくわからない外国の作品でも観てみようと思う観客の数が多いのは明らかです。私の作品は日本よりもヨーロッパの方がお客さんが入っています。それは個々の責任ではなく、フランスでは子どもの頃から芸術に触れる環境が整えられている。娯楽性の高い作品があるのは良いことだけど、それだけではない作品にも触れる機会、観られる機会を増やしていかなきゃいけない。だからこそコツコツと作りたいものを作り、お客さんを育てていくことが大事だと改めて思いました」
取材・文/久保田 和馬