眼差しと、ため息。パク・チャヌクが『別れる決心』でたどり着いた“ニュアンス”の美学【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】 - 2ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
眼差しと、ため息。パク・チャヌクが『別れる決心』でたどり着いた“ニュアンス”の美学【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

眼差しと、ため息。パク・チャヌクが『別れる決心』でたどり着いた“ニュアンス”の美学【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

「女性の登場人物が物語の中で欲しているものをちゃんと表現し、それを追求するようになっていきました」(パク・チャヌク)

――あなたとも深い交流のあるポン・ジュノ監督は、撮影に入る前に詳細なコンテやストーリーボードを準備することで知られていますが、あなたも監督のタイプとしては似たタイプということでしょうか?

「そうですね。ただ、脚本やストーリーボードというのは、あくまでも自分がこう撮りたいと思っているものを、頭の中で全部デザインして組み立てたものに過ぎません。もちろん、撮影現場に入る時には、俳優にも同じものをちゃんと共有しているんですが、その上で自分が思いもよらなかった表情や動きを見せてくれる。撮影が楽しいのはそこです。あの俳優がここでこんな表情を見せてくれた、ここでこんなふうに動いてくれた、というのを目の当たりにするのが一番ワクワクする瞬間ですね」

『別れる決心』を携えて来日したパク・チャヌク監督にインタビュー
『別れる決心』を携えて来日したパク・チャヌク監督にインタビュー撮影/黒羽政士

――ちょうど脚本の話になったので、その流れでずっと訊いてみたかったことがあるんですけど、近年、長編映画ではチョン・ソギョンさんと共同脚本というかたちで作業をされてますよね。彼女との共同作業がパク・チャヌク作品にもたらした、一番大きなものはなんですか?

「作家のチョン・ソギョンさんと出会って、そこから一緒に脚本を書くようになってから、私の作品の中で女性の登場人物がより大きな比重を占めるようになったと思います。女性の登場人物の発する声がより高まって、また女性の登場人物が物語の中で欲しているものをちゃんと表現し、それを追求するようになっていきました。それは偶然の結果ではなくて、作品をそのような方向に変化させていきたいという理由があって、私は自分の作品世界に彼女を迎え入れたとも言えると思います。それと、彼女の作品には、言うなれば、おとぎ話的性格というような、自分にはないものを持っている作家でもあって。それも彼女と組むようになってからの作品には反映されていると思います。ただ、だからといって――つまり2人で一緒に書いてるからといって――脚本を読んで、きっとこの部分はチョン・ソギョンさんが書いたんだろう、きっとここの部分は自分が書いたんだろう、と批評家や研究家が推測するようなことは、ほぼ意味がないでしょう」

滑落死事件の容疑者と担当刑事として出会った2人
滑落死事件の容疑者と担当刑事として出会った2人[c] 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM.

――別に男性の登場人物の台詞や心情を必ずあなたが書いているわけではないし、女性の登場人物の台詞や心情をチョン・ソギョンさんが書いているわけではない?

「はい。きっとここはパク・チャヌクが書いたんだろうっていうところを、チョン・ソギョンさんが書いてる場合もたくさんあるし、また逆も然りで。2人とも、きっと外部の人には全然思いもよらない表現をお互いがしてるんじゃないかと思います。あるいは、2人でほぼ一緒に作り上げているので、例えば一つの台詞の中でも、前半のほうは私が考えて、後半は彼女が考えている、みたいなこともよくあります」

儚げなソレのたたずまいは、観る者の心を奪う求心力がある
儚げなソレのたたずまいは、観る者の心を奪う求心力がある[c] 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM.

「あなたにとってテレビシリーズは長い映画ですか?それともまったく別の表現フォーマットですか?」(宇野)

――なるほど。ところで、BBCとAMCが製作の「リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ」(U-NEXTで配信中)や、現在HBOで製作中の「The Sympathizer」といったテレビシリーズには、チョン・ソギョンさんは参加されてないですよね?それにはなにか理由があるんですか?

「それはテレビシリーズだからという理由ではなく、アメリカやイギリスで作品を作る場合は、どうしてもその国の言語――この場合は英語ですが――に長けている人、その国の言語表現における自然さやニュアンスがしっかりわかる人と組むほうが、いろんな意味で理に叶っているからです。なので、自分がアメリカやイギリスで仕事をする時は、英語をネイティブとしている作家さんとご一緒させてもらっています」


――言葉の問題も大きいと思うんですけど、日本でも、ある程度成功をして海外に渡って海外資本で映画を作る監督は過去に何人もいました。でも、「試しにやってはみたけれど」といった感じで、日本に戻ってきて、結局その後はまた国内の資本で映画を作るケースが目立ちます。今回の『別れる決心』は韓国資本の作品ですけども、あなたは継続的に海外と韓国を行き来して、その作品ごとにふさわしい製作母体で作品を作られてますよね。その苦労と、それでも海外で作品を作り続けている理由を教えてください。

「そうですね、私自身も英語はさほどうまいわけではないので、現場では通訳さんを必要としているんですよ。そんな苦労をしながらも、なぜ海外での仕事を続けているのか、自分でもちょっと不思議です(笑)。正直に言うと、韓国の国内で仕事をしていたほうがいろんな意味で効率はいいと思うんですが、でも、作品によっては、韓国の国内ではできないストーリーというのが実際にあるわけです。だから、いい機会を与えてもらえるならば、それを断ることなくこれまでやってきました。でも、その度にものすごく苦労して、毎回たくさん後悔するということを繰り返しているところです(笑)」

終始穏やかなトーンでインタビューに臨んだパク・チャヌク監督
終始穏やかなトーンでインタビューに臨んだパク・チャヌク監督撮影/黒羽政士

――(笑)。

「ただ、毎回後悔をしながらも、同時にそこにやり甲斐も感じていて。いろんな国で、いろんな国籍の人たちと仕事をすると、それまで思いもしなかったような新しい出会いがあるし、そういう人たちと友達になって、仲間になって、そこから結実した作品というのも生まれるし、きっとこれからも生まれていくでしょう。それは本当に貴重な経験で、そのおかげで自分の考え方の幅もここ数年でかなり広くなっていったと思います。映画界におけるいろんな問題に関して、ほかの国ではこうなってるのに、どうして韓国の映画界ではまだ解決しないんだろうかとか。あるいは、映画界のことだけでなく、例えばパレスチナとイスラエルの紛争がこんなにも長く続いているわけですが、それはどうしてなんだろう、というようなことをよりアクチュアルなこととして考えるきっかけを得るようなこともあります。そうやってどんどん視野が拓けていくということは、映画作り、テレビシリーズ作りにおいても大切なことなんじゃないでしょうか」

――これは監督によって答えが違うと思うんですが、あなたにとってテレビシリーズは長い映画ですか?それともまったく別の表現フォーマットですか?

「そうですね、少なくとも現在までに関わってきたテレビシリーズに関しては、長い映画という感覚で私はアプローチをしています。劇場での映画ではなかなか表現しきれない長い物語、そしてたくさんの登場人物を扱えるという利点のある、あくまでも長い映画だと――少なくともいまの時点ではそうですね。でも、それがこれからどう変化していくのか、まだわからないですけど、変化する可能性はあるでしょう」

2022年のベスト作品を聞かれて「うーん!」と空を仰ぐパク・チャヌク監督
2022年のベスト作品を聞かれて「うーん!」と空を仰ぐパク・チャヌク監督撮影/黒羽政士

――最初に『別れる決心』がいろんな人の年間ベスト映画に入っているという話をしましたが、あなた自身が2022年に観た映画やテレビシリーズで、一番心に残ってる作品はなんですか?

「うーん……2つ挙げていいなら、『セヴェランス』と『窓際のスパイ』ですね」

プロダクション・デザインも美しい「セヴェランス」。ベン・スティラーが共同監督を務める
プロダクション・デザインも美しい「セヴェランス」。ベン・スティラーが共同監督を務めるApple TV+にて配信中

――なるほど、どちらもApple TV+のテレビシリーズですね。今日は、あなたの次の作品「The Sympathizer」がHBOなので、HBOのキャップをかぶってきたのですが(笑)。

「(笑)。いま、まさに『The Sympathizer』の作業の真っ最中です。今日はありがとう」

取材・文/宇野維正


宇野維正の「映画のことは監督に訊け」

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