大友啓史監督が『ザ・ホエール』ダーレン・アロノフスキーを語る「忘却された真実を不意に突きつけてくる恐ろしい人」|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
大友啓史監督が『ザ・ホエール』ダーレン・アロノフスキーを語る「忘却された真実を不意に突きつけてくる恐ろしい人」

インタビュー

大友啓史監督が『ザ・ホエール』ダーレン・アロノフスキーを語る「忘却された真実を不意に突きつけてくる恐ろしい人」

ブレンダン・フレイザーが第95回アカデミー賞主演男優賞を獲得。長らくの低迷から奇跡のカムバックを果たした彼が映画『ザ・ホエール』(4月7日公開)で演じたのは、体重が600ポンド(約272kg)ある孤独な中年男性の“最期の5日間”だ。『レスラー』(08)や『ブラック・スワン』(10)で知られる鬼才ダーレン・アロノフスキー監督が、人気映画会社A24との初タッグのもとに作り上げた壮絶にして心震わすヒューマンドラマ。この異色の傑作を、「るろうに剣心」シリーズや『レジェンド&バタフライ』(公開中)の大友啓史監督に、鋭い分析眼で解説してもらった。

※以降、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。未見の方はご注意ください。

【写真を見る】「ホラーの血は全然平気な僕でも、本気で目を背けたくなる(笑)」大友監督が語る、アロノフスキー作品の生々しい痛みとは?
【写真を見る】「ホラーの血は全然平気な僕でも、本気で目を背けたくなる(笑)」大友監督が語る、アロノフスキー作品の生々しい痛みとは?撮影/興梠真穂

「“俳優自身と符合の多い他者”を与える、アロノフスキー監督のキャスティング力はすばらしい」

――ダーレン・アロノスフキー監督の映画を観続けてこられた大友監督にとって、今回の『ザ・ホエール』はどのように映りましたか?

「また新しい境地に踏み込んだ印象がありましたね。僕はダーレン・アロノスフキーの作品の核にあるものって“痛覚”だと思っているんです。僕らの生活や人生は、テクノロジーの発展と共にヴァーチャルな領域が急速に増している。そのぶん肉体的な実感が薄れていって、どんどん頭でっかちになっている気がするんです。だけどアロノスフキーの映画は、フィクションの力を通して、いまの時代の我々が持つ実存的な痛みを生々しく突きつけてくるんですね。それは複雑化した現在のカオスを受けて、心と肉体の領域が連動して重なっていくような痛みです」

チャーリー(ブレンダン・フレイザー)は恋人を亡くしたショックから過食症になり、余命わずかと宣告される
チャーリー(ブレンダン・フレイザー)は恋人を亡くしたショックから過食症になり、余命わずかと宣告される[c]2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

――たしかに数学の魔力に耽溺していく男を描いた長編デビュー作『π パイ』からそうでしたよね。

「ええ。『レクイエム・フォー・ドリーム』のドラッグ中毒に堕ちていく恋人たち、『レスラー』のステロイド剤漬けになった中年レスラーや、『ブラック・スワン』の自壊に追い込まれていくバレリーナ…。聖書の世界観を背景に、受胎した若い人妻が理不尽な暴力に晒される『マザー!』の地獄絵図なんかは、その究極ですよね。ホラー映画の血なんか全然平気な僕でも、アロノフスキーが表現するのは生理的に食い込んでくる痛みだから、本気で目を背けたくなっちゃう(笑)。

だけど『ザ・ホエール』って、あのクジラのように肥大した肉体の鎧という悲哀の抒情が、いつもの“痛覚”よりも前面化しているんです。主人公のチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は過食症という形で、心の弱さや傷跡を外部から遮断するように600ポンドの姿になった。そして実存的な痛みというテーマを日常レベルに落とし込んでいる。これまでのアロノフスキーの登場人物って、もっと特殊な非日常の世界に踏み込んでいく人たちの話だったじゃないですか。でも今回のチャーリーのように、現実の苦しみから部屋に引きこもる姿は、特にコロナ禍を体験した僕らには他人事ではないように映ると思う」

余命短いことを知ったチャーリーは、絶縁状態だった娘との絆を取り戻そうとするが…
余命短いことを知ったチャーリーは、絶縁状態だった娘との絆を取り戻そうとするが…[c]2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

――なるほど。主人公が疎遠になっていた娘との関係修復を試みる点など、『レスラー』との共通点が多い内容ではありますが、あくまで日常の世界を生き続ける点では、従来のアロノフスキーを反転させたドラマと言えるかもしれません。

「『レスラー』にしろ『ブラック・スワン』にしろ、ある種の芸術的な葛藤と言いますか、劇薬的なフィクションへの耽溺を通して自己発見にいたっていく物語だと思いますけど、『ザ・ホエール』はもっと素直でナイーヴな、等身大の日常を取り戻そうとする話。ただそこで武器になるのが、俳優の肉体なのは同じですよね。もちろん今回のブレンダン・フレイザーは、特殊メイクという作り物の肉体の鎧を身につけているわけですけど、むしろその方法論ゆえに全身全霊の魂を生々しくさらけ出すことに成功している。素っ裸でさらけ出すのは難しいんです。僕はドキュメンタリーにも関わっていましたが、どんな人間でもカメラを向けたとたん、自動的に“演じちゃう”んですね。ドキュメンタリーって本当のことが映っていると皆さん思いがちだけど、でも現実の人間はカメラの前で反射的にウソをつくんですよ。それに対して優れた俳優は、他者になり変わるからこそ、自分の本当に内側にあるものを大胆にアウトプットできる。そういった逆説がフィクションの真実というところがある。

アロノフスキーはそこの見極めも非常に上手いと思います。『レスラー』のミッキー・ロークにしろ、『ブラック・スワン』のナタリー・ポートマンにしろ、一世一代の演技に持ち込めているのは、“彼ら自身のキャリアと符合の多い他者”というキャラクターを彼らに与えたことが大きい。そして今回も、必死で自己回復に向かおうとする『ザ・ホエール』の物語に、長らくキャリアが低迷していたブレンダン・フレイザーの再起というリアルドラマが結果的に重なってくる」

自身の人生と役柄がピタリと重なったブレンダン・フレイザーは、第95回アカデミー賞にて主演男優賞を受賞
自身の人生と役柄がピタリと重なったブレンダン・フレイザーは、第95回アカデミー賞にて主演男優賞を受賞[c]2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

――まさしくフレイザー自身の持つ苦悩や悲しみが、フィクションという装置によって拡大されたような名演に見えました。

「役として自分が吐いた言葉が、自分の心に突き刺さってくるような演技体験だった気がする。だから、『こんなにいい役者だっけ、ブレンダン・フレイザーって』とか思っちゃったわけですよ(笑)。『ハムナプトラ』シリーズのころはアクションスターだったわけだし、お芝居の仕方も、顔や表情の作りもはっきりしたタイプ。だけど今回はシチュエーションドラマの室内劇で、わかりやすいアクションを封じる形に出た。さらに肉体の鎧を着させることで、むしろ彼の持つ表現の大きさが功を奏して、純粋な気持ちがストレートに伝わってくる。なかなかの発明ですよね」


■大友啓史
1966年、岩手県盛岡市生まれ。 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。 90年NHK入局、秋田放送局を経て、97年から2年間ロサンゼルスに留学、ハリウッドにて脚本や映像演出に関わることを学ぶ。 帰国後、連続テレビ小説「ちゅらさん」シリーズ、「ハゲタカ」、「白洲次郎」、大河ドラマ「龍馬伝」などの演出、映画『ハゲタカ』(09)の監督を務める。2011年4月NHKを退局し、株式会社大友啓史事務所を設立した。
おもな作品に『るろうに剣心』(12)、『プラチナデータ』(13)、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14)、『秘密 THE TOP SECRET』(16)、『ミュージアム』(16)、『3月のライオン』二部作(17)、『億男』(18)、『影裏』(20)、『るろうに剣心 最終章 The Final』/ The Beginning』(21)。東映創立70周年企画『レジェンド&バタフライ』が現在公開中。

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