もはやホラー!『TAR/ター』『セッション』…芸術家の“狂気”を描く傑作たち

コラム

もはやホラー!『TAR/ター』『セッション』…芸術家の“狂気”を描く傑作たち

本年度アカデミー賞の作品賞ほか主要6部門にノミネートされたケイト・ブランシェット主演、トッド・フィールド監督作『TAR/ター』(5月12日公開)。ブランシェットは、天才がゆえに狂気へと走っていく指揮者、リディア・ター役で恐怖すら感じる怪演ぶりを披露している。ここでは本作をはじめ、理想をすさまじく追い求め、もはやホラーの領域まで踏み込んでしまったアーティストたちが主⼈公の傑作映画4作品を紹介する。

天才がゆえに堕ちていく女性指揮者の顛末を描く『TAR/ター』

本作でアカデミー賞主演女優賞にノミネートしたケイト・ブランシェット(『TAR/ター』)
本作でアカデミー賞主演女優賞にノミネートしたケイト・ブランシェット(『TAR/ター』)[c] 2022 FOCUS FEATURES LLC.

世界最高峰であるオーケストラの一つとされるドイツのベルリン・フィルで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター。天才的な能力と努力に加え、類稀なる自己プロデュース力を発揮し、作曲家としても圧倒的な地位を確立した彼女だったが、マーラーの交響曲第5番の演奏や録音のプレッシャー、新曲の創作に苦しんでいた。そんな時、かつてターが指導した若手指揮者の死をきっかけに、彼女の完璧な世界が少しずつ崩れ始める。

【写真を見る】滲み出るカリスマ性と狂気…ケイト・ブランシェットのキャリア史上最高と名高い熱演
【写真を見る】滲み出るカリスマ性と狂気…ケイト・ブランシェットのキャリア史上最高と名高い熱演[c] 2022 FOCUS FEATURES LLC.

圧倒的な怪演が話題を呼んだブランシェットは、本作のためにドイツ語、指揮、カースタントなどを習得。権力に溺れどんどん堕ちていくターの様子は、現代ならではのサイコスリラーの様相を持ちながら、普遍的な恐怖も感じさせる。

ストイックすぎる鬼教師による恐怖の“指導”…『セッション』

『ラ・ラ・ランド』や『バビロン』のデイミアン・チャゼル監督作『セッション』
『ラ・ラ・ランド』や『バビロン』のデイミアン・チャゼル監督作『セッション』 [c]Everett Collection/AFLO

『ラ・ラ・ランド』(16)や『バビロン』(公開中)で名を馳せるデイミアン・チャゼル監督の名を世界にしらしめた出世作『セッション』(14)。世界的ジャズドラマーを目指し、名門音楽大学に入学したニーマン(マイルズ・テラー)は、伝説の鬼教師フレッチャー(J・K・シモンズ)のバンドへとスカウトされる。「これで成功への道が開けた」と喜ぶものつかの間、そこからは 0.1秒のずれも許さないフレッチャーによる地獄のようなレッスンが始まる。指導の名の下に、怒鳴る、投げる、さらには罵詈雑言のオンパレード。どんどん精神的に追い詰められていくニーマンだったが、それでも音楽に身を捧げるため、恋人とも別れ、すべてをドラムに捧げていく様はまさに狂気的。

恐怖の教師を演じたJ・K シモンズは、本作で第87回アカデミー賞助演男優賞を獲得(『セッション』 )
恐怖の教師を演じたJ・K シモンズは、本作で第87回アカデミー賞助演男優賞を獲得(『セッション』 )[c]Everett Collection/AFLO

“パワハラ映画”“サイコ映画”といまだ語り継がれるほどの伝説の教師を演じた J・Kシモンズは本作で見事、第87回アカデミー賞助演男優賞を獲得した。

ナタリー・ポートマンが心の闇に堕ちていく心理スリラー『ブラック・スワン』

ナタリー・ポートマンが狂気に落ちゆくバレリーナを熱演(『ブラック・スワン』)
ナタリー・ポートマンが狂気に落ちゆくバレリーナを熱演(『ブラック・スワン』)[c]Everett Collection/AFLO

ナタリー・ポートマンが第83回アカデミー賞主演女優賞を受賞した『ブラック・スワン』(10)。ポートマンが演じるNYのバレエ団に所属するニナは、人生のすべてをバレエに注いできた。いつか「白鳥の湖」を踊ることが夢である彼女だが、清廉な白鳥を演じることはできても、演出家からも指摘されるように、妖艶な黒鳥を演じることがどうしてもできなかった。彼女は夢を叶えるべく、役に見合う自分になるため、さらに過酷なレッスンを積み上げていく。

ナタリー・ポートマンが黒鳥を舞うシーンに息を呑む(『ブラック・スワン』)
ナタリー・ポートマンが黒鳥を舞うシーンに息を呑む(『ブラック・スワン』)[c]Everett Collection/AFLO

クラシックバレエという舞台芸術の世界を描きながらも、同時に人間の自己愛や自己破壊といったテーマを掘り下げていく本作。自らの闇に引きずり込まれ、崩壊していくニナ役を体現したポートマンの女優魂は、観る者の心を鷲づかみにするに違いない。

イザベル・アジャーニの鬼気迫る熱演にうなる『カミーユ・クローデル』

イザベル・アジャーニが白熱の演技を魅せる『カミーユ・クローデル』
イザベル・アジャーニが白熱の演技を魅せる『カミーユ・クローデル』[c]Everett Collection/AFLO

狂気の果て、破滅へと向かう実在の芸術家を描いた作品として、真っ先にその名が挙がることの多い『カミーユ・クローデル』(88)。本作は“近代彫刻の父”と称されるフランスの彫刻家、オーギュスト・ロダンとその愛弟子であったカミーユによる禁断の愛の物語だ。若くて美しい才能にあふれたカミーユに惚れ込んだロダン。カミーユは倍以上も歳が離れているロダンとの関係に戸惑いつつも、やがて彼を尊敬し、2人は愛し合うようになる。共に暮らすようになった2人だが、優柔不断なロダンは妻とカミーユのどちらに対しても煮え切らない態度をとる。さらに身ごもった子どもも中絶させられたカミーユは、精神的に追い詰められていく。


“近代彫刻の父”として称されるフランスの彫刻家、ロダンとの禁断の愛が描かれる(『カミーユ・クローデル』)
“近代彫刻の父”として称されるフランスの彫刻家、ロダンとの禁断の愛が描かれる(『カミーユ・クローデル』)[c]Everett Collection/AFLO

女性が一人の芸術家として成功することが厳しかった時代、ロダンのアシスタントばかりで不遇な時を過ごし、結果的に狂気に満ちた人生を送ることになったカミーユ役をイザベル・アジャーニが鬼気迫る演技で演じきり、第62回アカデミー賞主演女優賞にノミネートを果たした。

それぞれに俳優陣のただならぬ迫真の演技が冴える作品たち。公開が控えるケイト・ブランシェット史上最高傑作と呼び声が高い『TAR/ター』や過去の名作を、ぜひ堪能していただきたい。

文/山崎伸子

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