坂本龍一と“音色”を追求したオノセイゲンが語る『戦メリ』録音秘話。109シネマズプレミアム新宿で「SAION −SR EDITION−」を聴く
この春、東京・新宿に映画ファンのための重要拠点が誕生した。真新しい「東急歌舞伎町タワー」の9・10階にオープンした「109シネマズプレミアム新宿」は、全席プレミアムシートや上質なラウンジなど従来のシネコンとは一線を画す設計・設備が話題となっているが、ここで注目したいのが優れた音響システムだ。「109シネマズプレミアム新宿」は数々の映画音楽を手掛けた坂本龍一が全シアターの音響を監修。「SAION −SR EDITION−」と銘打った特別仕様となっている。今回、坂本龍一とゆかりのある人物を「109シネマズプレミアム新宿」のプレミアムシートに招き、音の印象や、坂本と仕事を共にした際の想い出などを語ってもらった。
「音響が本当にいい映画館って、実に少ないんですよ。これは大きな問題で、僕も以前から気になっていました。“SAION −SR EDITION−”は、この問題を解決してくれる一つの事例となるでしょう」。「最上の音」を実現するという独自のコンセプトで設計された「109シネマプレミアム新宿」の音響システムをこう評価するのは、レコーディング/マスタリング・エンジニアであり、ミュージシャン、作曲家としても活動するオノ セイゲン氏だ。エンジニアとしては1984年に発売された坂本龍一のソロアルバム「音楽図鑑」をはじめ、数多くの話題作のレコーディングやミックス、マスタリングに携わるなど、国内外の著名アーティストからの信頼も厚い。一方、自らもミュージシャンとして、スイス、モントルー・ジャズフェスには4回も招かれている。
そんなセイゲン氏のエンジニアとしてのキャリアのなかで見逃せないのが映画『戦場のメリークリスマス』(83)のサントラの録音エンジニアとしての参加だ。インタビューでは、当劇場の音響に対する印象のほか、この傑作サウンドトラックの録音秘話なども語ってもらった。
「まずエントランスやロビーに坂本龍一さんが作曲された音楽でお客さんを迎え入れるところから特別」
――まずは、「SAION −SR EDITION−」の音をお聴きになった率直な感想をお聞かせください。
「まずエントランスやロビーに坂本龍一さんが作曲された音楽でお客さんを迎え入れるところから特別ですね。劇場に入って一番驚くのは椅子です。乗ったことないですが、エミレーツのファーストクラスかプライベートジェットの椅子に座った感じ、というのが第一印象です。オーディオや映画を本気で観ようと思ったら、こんな環境は理想的ですね。音はまだこれから鳴らしていって(エイジングやチューニングされて)いい音になっていくと思います。スタジオやライブハウスもそうですが、映写係やハウスのチーフエンジニアがお客さんと共に育てていくものです。開店前の今日時点でははまだ音についての感想はありません」
――カスタムスピーカーの印象はいかがでしたか。
「こことまったく同じチームのスピーカーシステムが1年半前に池袋・新文芸坐にも導入されていて、そこですばらしい成果を出しています。それよりさらに進化させたスピーカーと言うのですからものすごい可能性のあるスピーカーです。ケーブルなんかも世界中から取り寄せてベストのものを導入したと伺いました」
――改めて、映画館で音を聴くことの良さとはなんでしょう。
「例えば、僕のスタジオ〈サイデラ・マスタリング&レコーディング〉では“いい音”で聴けるポイントは1人か2人です。マスタリングルームはどんな繊細な音もすべて正確に聞こえますが、それはあくまで制作環境のセッティングで、楽しいものではありません。映画のダビングステージは映画の最終の音を仕上げる場所で、そこの音が基準になるものですが、映画とはやっぱり“いい音の映画館”で体験するものです。サブスクやスマホは認めたくない」
――一方で近年はコンシューマー領域でも、Dolby AtmosやAuro3D、360 Reality Audioなど多チャンネルによるイマーシヴな(=没入感のある)オーディオシステムが身近になりつつあります。そうしたなか、専門施設としての劇場の果たす役割とは?
「あまりにおもちゃかゲームのような、アトラクションのように大音量とオブジェのぐるぐる移動だけやられても、僕は楽しくも感動もない。教会や響きの美しいホール、ジャングルやビーチ、空間を持ってこれるのがイマーシヴの原点ですけど、作曲家、エンジニアは名作映画の5.1chや、音楽のよくできた5.1ch SACDなどをしっかり聞いておくべきです。気付いてる人は少なんだけど、音色を再現するにはダイレクト音に付随する初期反射音をマスキングされない位置から再現することが、感動する要因なんだけど、それができてる作品は少ないですね。劇場はその先です」
「『戦場のメリークリスマス』のメインテーマはすごく時間をかけて録音しました」
――セイゲンさんと言えば、『戦場のメリークリスマス』のサウンドトラックのレコーディングに参加されたことでも知られていますが、その後も、2013年に『戦場のメリークリスマス -30th Anniversary Edition-』のリマスターも手掛けられるなど、『戦メリ』のプロダクトに深く関わってこられました。あれから40年経ったいま、この作品を振り返って感じられることはなんでしょうか。
「もうそんなに経つんですね。あのサウンドトラックのレコーディングは、映画の撮影が終わってすぐに始まりました。銀座の〈音響ハウス〉スタジオで、上がってきたラッシュの部分的な映像を観たりしながら坂本さんは作曲していました。あのテーマ曲も、ピアノとProphet-5(アナログ・シンセサイザー)で音を積み上げては、何度も録り直したりしていました。当時は終わるといっしょにインクスティック、レッドシューズと朝まで飲み歩いてました。こんなに歴史に残る重要な映画(やサントラレコード)になるとは、少なくとも僕はまったく想像もしていませんでした。振り返って感じるのは、すごい時代だったこと。偶然のようですが、現場に居ること、居合わせることが大事ということでしょうか。写真も録音もそこでテープが回っていないと記録は残りません」
――その音作りは、例えばProphet-5をスピーカーで鳴らし、それをマイクで録音するなど手の込んだアプローチを試みたそうですね。
「シンセは普通、ラインで録るものですよね。例えばシンセで作ったストリングスの音を、スタジオ側のモニタースピーカーから音を流して、初期反射音をマイクで加えることにより、空間、空気感が加わり、ニュアンスが生のストリングスをスタジオで録ってような、実際これは効果的でした」