渋オジの極み、ヴィゴ・モーテンセンファン必読!D・クローネンバーグが昇華させた名優を深掘り
初タッグ作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でクローネンバーグの信頼に応える
このようなモーテンセンの活動には、元々持っていた創作に対する姿勢もあると思うが、クローネンバーグとの出会いも影響していると考えられるだろう。2人が初めてタッグを組んだのが『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で、タイトルどおり“暴力”が作品のテーマになっている。物語冒頭、主人公のトム(モーテンセン)が経営するダイナーに2人組の強盗が押し入る。従業員や客に銃が向けられるなか、隙を見て銃を奪ったトムが強盗を殺害。瞬く間に彼は街のヒーローとなり、その光景を見守っていた観客も鮮やかな一連の動きに心のなかで拍手を送るに違いないが、映像内では肉体が破壊されて血を噴き出しながら横たわる死体も映しだされ、その無残さと共に「暴力には暴力で対処するしかないのか」「そこに正統性はあるのか」という根源的な疑問を投げかけている。
前作『スパイダー 少年は蜘蛛にキスをする』(02)で興行的に失敗していたクローネンバーグは、大手スタジオの支援を受ける形で、自身にとって過去最大の3200万ドルをかけて本作を製作。そして、第58回カンヌ国際映画祭のパルムドールの候補になるなど批評面でも絶賛されることとなった。トムは一見すると心優しいどこにでもいそうな家族を愛する男だが、件の事件をきっかけに内に秘めた暴力性が見え隠れし始める難しい役どころ。作品の中核となる彼を抑えた演技で演じ切ったモーテンセンに対し、クローネンバーグが大きな信頼を寄せたことは想像に難くない。
徹底した役作りとリサーチが光った『イースタン・プロミス』『危険なメソッド』
クローネンバーグは次作『イースタン・プロミス』にもモーテンセンを主演に起用する。タイトルの“イースタン・プロミス”とは、人身売買を生業とする東欧の犯罪組織のイギリスにおける売買契約を意味しており、モーテンセンはロンドンで暗躍するロシアン・マフィアの運転手ニコライ役で登場。役作りにおいて彼は、実際にロシアを何週間もかけて旅し、そこに暮らす人々と交流し、文化を吸収しながらロシア語だけでなく、ロシア語訛りの英語も習得したという。さらに、本作の重要なキーワードでもある“タトゥー”についてのリサーチも行い、ミステリアスなニコライの人物像を作り上げていった。
クローネンバーグは2作続けてモーテンセンを起用した理由の一つに、その並外れた語学センスを上げている。デンマーク人の父とアメリカ人の母を持ち、幼いころから親の仕事の関係でベネズエラやアルゼンチンに渡ったほか、父の故郷であるデンマークで過ごしたこともあったそう。こういった環境のおかげか、スペイン語、デンマーク語、フランス語、イタリア語など様々な言語を流暢に操ることができるのだという。そして、『イースタン・プロミス』で示したように、言葉だけでなく、歩き方や姿勢、振る舞いも含めて演じる役そのものになることができるからこそ、欧州や南米など国際的な作品に参加し続けられるのだろう。また、同作の終盤ではニコライがサウナでくつろいでいたところ、屈強な暴漢2人に襲われてしまう。ここでモーテンセンは全裸での生々しい大立ち回りを見せており、こういったタフなシーンに対応できるところにもクローネンバーグ作品との相性のよさが感じられる。
続く3作目『危険なメソッド』でもモーテンセンの徹底したリサーチと吸収力は圧巻だ。心理学者のジークムント・フロイトを演じるにあたり、現存する著作や書簡、手紙といったものまで読み込みながら役を構築。鼻にわずかな特殊メイクを施してはいるものの、マイケル・ファスベンダー扮する若き精神科医のカール・グスタフ・ユングと心理学に関する意見を交わし合う様はまさにフロイト博士。筆跡なども完璧に模倣しており、劇中で何気なく手紙を書き綴るシーンは、オーディオコメンタリーでクローネンバーグに大絶賛されている。
多彩なアーティストとしてクローネンバーグと共鳴!
俳優としての活躍がクローズアップされるモーテンセンだが、同時に詩人、カメラマン、画家としても活動している。『ダイヤルM』には彼が実際に描いたコラージュ作品が何枚も飾られており、『フォーリング 50年間の想い出』(20)で初めて監督を務めた際には(クローネンバーグもカメオ出演)、脚本や製作だけでなく、音楽も作曲するなどミュージシャンとしての一面も。2002年にはアート系の出版社パーシヴァル・プレスを設立し、モーテンセン自身も画集や詩集、写真集を発表している。
こういった多才さもまた、クローネンバーグを引きつける魅力のようで、最新作のために行われたオンラインインタビューでも「ヴィゴ・モーテンセンは真なる同僚であり、コラボレーターです」と評していた。クローネンバーグ自身、幼いころからかなりの読書家で、かつては作家を志し、医学やテクノロジーにも深い見識があることから、両者には高い次元で共鳴するところがあるのだろう。事実、モーテンセンからは演じる役や作品全体についての質問がいくつも挙がるようで、細かなディスカッションが行われるそうだ。『危険なメソッド』では、フロイトの葉巻の吸い方一つについて、メールで25回ほどのやり取りがあった。