『悪なき殺人』『12日の殺人』『落下の解剖学』…人間のダークサイドを見つめるフレンチ・ミステリーの真髄とは?
山荘で起きた事件…“落下”が意味するものとは?『落下の解剖学』
フランスで150万人を超える動員を記録し、昨年のカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞をはじめ、本年度アカデミー賞脚本賞に輝いたジュスティーヌ・トリエ監督の『落下の解剖学』(公開中)も、ドラマの重さが際立つ作品だ。
雪山の山荘で、父親が転落死しているのを息子が発見し、母が警察に通報する。だが、事故死や自殺にしては不審な点があり、母親が疑われる。そこから映画は法廷劇を通して、夫婦の姿が顕にされていくのだが、本作の主題は犯人捜しではなく、人間関係の“落下”にある。愛し合う夫婦がいかに転落を迎えていくか。ここでは妻のほうが社会的に成功した存在で、夫は挫折したルーザーである。このパワーバランスに現代的な逆転が見られるのも、物語をおもしろくしている要因だろう。練られた脚本には、トリエ監督のパートナーで、『ONODA 一万夜を越えて』(21)を手掛けたアルチュール・アラリ監督も参加している。
名匠ジャック・オディアールの緊張感あふれるミステリー
もう一人、現代のフレンチ・ミステリーの名匠として忘れられないのがジャック・オディアール監督である。彼は様々なジャンルを手掛けてはいるものの、その出世作はカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『預言者』(09)だ。19歳で刑務所に入った読み書きのできない青年が、非情な囚人たちのなかで綱渡りの駆け引きをしながら、サバイバル術を見につけていく。いまやハリウッド映画でも活躍するタハール・ラヒムの初主演作でもある。四面楚歌の絶望的な状況や一触即発の緊張感、そんななかで自由を希求する主人公の姿に思わず胸が熱くなる。
オディアール作品でもう1本おすすめしたいのは、ヴァンサン・カッセルとエマニュエル・ドゥヴォス主演の『リード・マイ・リップス』(01)だ。オフィスに勤める難聴の孤独な女性カルラが、アシスタント募集によりやってきた、ワイルドな魅力を秘めたポールと出会う。刑務所出の彼はまだ保護観察中にあるものの、カルラは彼に魅力を感じる。一方、ポールは彼女が難聴で、読唇術があることを知ると、一攫千金の犯罪に協力させようとする。倫理観と欲望の狭間で揺れるカルラの心情を掬いとる、カメラワークとサウンドデザインが秀逸。本作もミステリーの形式を借りた、社会から疎外された者を描くドラマと言える。
文/佐藤久理子
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■STAR CHANNEL MOVIES『12日の殺人』公開記念:サスペンス・スリラー特集
BS10 スターチャンネル 3/11(月)~3/15(金) 21:00ごろ~ 5日連続放送 (全6作品)
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