疲れた心に効能あり。『違国日記』や『海街dairy』など日常が愛おしくなる映画たち
登場人物の日々の営みを通じて、自分や他者と誠実に向き合い、人と人が歩み寄っていく過程を丁寧に描いた日常系映画は、忙しい毎日に追われ、疲れた私たちの心を癒してくれるビタミン剤。年齢も性格も生きてきた環境もまったく違う、叔母と姪の同居生活を描く新作映画『違国日記』(6月7日公開)もまた、観る者に様々な気づきや勇気を与え、胸をじんわり温かくする感動作だ。本コラムでは『違国日記』の見どころに触れると共に、是枝裕和監督の代表作や最新作まで、日常を舞台にしながら、心に残る珠玉の人間ドラマに昇華させた作品たちを紹介していきたい。
“これは私の物語だ”と思える『違国日記』
ヤマシタトモコの同名人気コミックを、『ジオラマボーイ・パノラマガール』(20)の瀬田なつき監督が映画化した『違国日記』。生き方が不器用な小説家・高代槙生が、交通事故で亡くなった姉夫婦の葬式で、遺児になった姪の朝が親戚間でたらい回しにされかけているのを見過ごせず、勢いで引き取るところから物語は始まる。槙生役には新垣結衣、朝はオーディションで選ばれた新星・早瀬憩が演じている。
槙生は姉の実里(中村優子)と折り合いが悪く、まったく交流がなかったため、朝とはほぼ初対面。人見知りで、誰かと暮らすのには不向きな槙生と、人懐っこくて素直な朝は性格も対照的だ。さらに中学を卒業し、高校1年生になったばかりの朝と、これまで黙々とひとりで仕事をしてきた槙生の生活時間はなかなか噛み合わない。しかし、互いに理解し合えない相手との暮らしに戸惑いつつも、日々を重ねていくうちに、親子でも友だちでもない2人の関係性はゆっくりと育まれていく。
親子、きょうだい、親戚、友だち、恋人…様々な関係が描かれているなかで、本作の物語の中心を流れているのは、みんなそれぞれ違う価値観や感じ方を持つ“違う国の住人”なのだというテーマ。映画の冒頭、両親が交通事故に遭い、死んでしまったという事実を受け止めきれずに呆然としている朝が、槙生に「悲しい?わからない?」と聞かれて、うなずくと「別に変じゃないよ」と言われるシーンがある。肉親なら号泣するのが当然、そんな思い込みをさらりと消してくれる槙生のスタンスが心地いい。
根底から他者との関わり方が異なる槙生に対し、フラストレーションをぶつけた朝に、「あなたの感情も、私の感情も、自分だけのものだから。分かち合うことはできない」という槙生の前提は、一見、冷たく突き放したように思えるかもしれない。確かに、違う価値観や感情を持つ人同士が関われば、傷ついたり、衝突したりすることもある。でも、自分の価値観を無理やり押しつけるのではなく、たとえ理解できなくても、槙生みたいに、相手をただそのまま認めて尊重できる人になれたら、多くの人がもっと呼吸しやすくなるはずだ。自分の中に潜んでいる思い込みや呪いに気づかせ、手放すきっかけをくれる『違国日記』は、大人も子どもも世代に関係なく、いろんなモヤモヤを抱え、悩みながら現代を生きるすべての人が“これは私の物語だ”と思える作品なのである。
この物語を自分事ととらえることができる、もうひとつの理由は、主人公から脇役まで、どの人物にも少しずつ共感できるほどリアルに感じられるキャラクターたちの存在だ。槙生にとって数少ない大切な存在である醍醐奈々(夏帆)や元恋人の笠町信吾(瀬戸康史)ら、本作に出てくる大人たちは、笠町が朝に言った「俺たちも、ある日突然、大人に変身するわけじゃないから。大人も思っているより簡単じゃないんだよ」というセリフに象徴されるように、みんな“大人らしくない大人”なところが魅力的。10代の多感な時期、親や先生とはまた違う、こんな大人たちが身近にいる朝がうらやましくなる。
朝と同じ高校に通う親友・楢えみり(小宮山莉渚)や成績優秀なクラスメイト・森本千世(伊礼姫奈)など、みずみずしく、傷つきやすい感性を持つ高校生たちを含め、登場人物の誰もが自分の気持ちにしっくりくる言葉を探しながら話す姿も印象に残る。なかでも小説家である槙生のセリフにはハッとさせられるものが多い。朝を引き取るきっかけとなった「あなたを愛せるかどうかはわからない。でも、私は決してあなたを踏みにじらない」という言葉の誠実さ。朝が15歳という年齢であることに対し、「柔らかな年ごろ。きっと私のうかつなひと言で人生が変わってしまう」と怖がる言葉にも、槙生の繊細さが表れている。
全編にわたって、心にしみる言葉がちりばめられている本作。自分に刺さる特別な言葉をぜひ見つけてみてほしい。